藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHPをご覧ください。
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TOP > CAR-T療法に用いられるT細胞とは

2019年02月22日

  

がん, 免疫

日本で第一号の承認取得、更には健康保険適応になる見通しがついたCAR-T療法キムリアは、患者本人のT細胞に遺伝子改変を加えたものです。 

 

TV番組でも遺伝子改変の説明をしていますが、そもそも、プラットフォームとして用いるT細胞とはどういうものでしょうか。 T細胞という知名度は高いのですが、案外、何をどうしてどうやって活動しているのかは知られていないようです。

 

T細胞の一部にCTLという「攻撃」細胞がおり、これが標的細胞を傷害するのですが、体内のCTLの大半が、がん細胞に全く反応せず、反応するものも相手ががん細胞だと認識しているわけではなく、しかも個々のがん細胞と反応するCTLは、ごく特定のがん細胞とだけ反応し、体内の様々ながん細胞の大半に反応しません。 またCTLはがん患者の体内ではすぐに活動を抑制されて役に立ちません。その代り、爆発的なスピードで増殖する性質をもち、培養は学生実験の材料になるほど簡単です。 こうした特徴を生かして、遺伝子改変の材料にされています。

 

T細胞は体内に1兆個以上存在していると考えられています。昔は免疫の司令塔とか、中心的な役割を担う主役級と考えられていました。 今日ではそんな単純ではないことがわかっています。 T細胞といっても種類が多く、標的細胞に体当たりするCTLというタイプが、実際にどれ位いるのか正確には数えられないのですが、T細胞全体の半分まではいかないレベルです。 以前はキラーTという言い方の方が多く、特定の標的だけを攻撃する特定のキラーT集団のことをCTLと呼んでいたのですが、最近はキラーTという言い方をしなくなって、なんでもかんでもCTLですね。

 

CTL以外のT細胞は、自分で標的細胞を攻撃するのではなく、免疫刺激信号を送りだしたり、抑制信号を送りだしたりする制御系の細胞が占めています。 制御性T細胞というのは名前から判断すると間違ってしまいますが、基本的に免疫を抑制する様に作用します。 激しい炎症反応の後、そろそろ戦いを終えるというころに活発に活動を始め、抑制信号を出して、他の免疫細胞の戦闘を終結の方向へ誘導します。 抗がん剤による激しい炎症の後にも、制御性T細胞が活発に活動し、細胞数も増えてきますので、免疫抑制が強くなってしまいます。

 

他にも抗体を作るB細胞の活動を活発にさせるヘルパーTh2系統のものや、逆にB細胞の活動に対しては抑制的に働き、CTLなどの細胞が直接手を下す細胞性免疫を活性化させるヘルパーTh1系統のものもあり、またヘルパーTh2系統は細胞性免疫には抑制的に働く、など、互いに複雑に入り組んだ制御系を組み上げており、これらは何十種類も知られていて、余りに多いので記号と番号をつけて分類されています。

 

さて、CAR-T療法において遺伝子改変を行うことで強力なCTLを作る訳ですが、野生型のCTLは使えないのでしょうか。 

 

私たちもCTL療法なるものを無償提供しているのですが、CTLも適切に選べば、がん細胞を攻撃します。ただし、いくつも条件があります。 

 

まずCTLにはほとんど免疫刺激能力がありません。そのため、免疫抑制が強い患者体内に投与すると直ちに免疫抑制によって眠らされ、ほとんど活動しません。 これは、NK細胞とT細胞の合の子であるNK-T細胞や、ガンマ・デルタT細胞、あるいは樹状細胞でも同じです。 患者体内に入った途端に活動が著しく低下します。 がん患者の体内で、免疫抑制に抵抗し、強力な免疫刺激信号を発信するのは活性の高いNK細胞だけです。  そこで、CAR-T療法では、絶えず強力な免疫刺激信号を発信し続ける遺伝子改変を行うのですが、初期型のCAR-Tにはブレーキを付け忘れたため、アクセルを踏みっぱなしになり、サイトカイン放出症候群などの激しい副反応を招いてしまいます。 野生型のNK細胞には何重ものアクセルとブレーキを組み合わせた複雑な制御系があり、サイトカイン放出症候群を起こすことはありません。 こういうところが数億年という単位の長い進化の歴史の中で完成された自然の絶妙で精緻な仕組みと、人間が考え出した部分的にどこかだけをいじった産物との根本的な違いです。

 

CTLは本来ウイルス感染症対策において主役を務める細胞で、ウイルスに感染した正常細胞に猛攻を仕掛けます。 ウイルス感染症の際にCTLが異常増殖してくるころにはウイルス戦争は終結に近づいており、そろそろ武器を仕舞う方がいいと、CTLもどちらかといえば免疫抑制的に働きます。 免疫チェックポイント阻害薬オプジーボで有名になったPD-1レセプターも、NK細胞にはそれほど発現しておらず、T細胞、特にCTLの場合はどちらかといえば戦いの終盤によく出てくるものです。 がんとの戦いにおける基本的な免疫制御ネットワークからは少しはずれています。 

 

さてCTLの標的認識能力ですが、非常にシンプルな信号に反応します。 アミノ酸が並んでいる配列から醸し出される多様な立体構造や電気的な性質によって、数百億種類のバリエーションをつくるレセプターがあります。 抗体も、細胞表面につきだしているMHCクラスIといった分子、また、T細胞の表面につきだしているTCRという分子などは、皆、概ね同じ仕組みで同様のバリエーションを作り出しており、各々のCTLにはどれか一つのレセプターが発現しており、体内の多くの細胞にも、どれか一つのバリエーションをもつMHCクラスIが発現し、これらが、個々のCTLのTCRのバリエーションと対応しています。実際には、1対1の対応になっていないのですが、まあ概念としては、お互いに書きこんである数百億番までの番号があって、その番号が一致するかしないか、チェーンロックのようなかぎ合わせをしているとお考えください。 実際はそんな単純ではないのですが。  

 

こうしてランダムに生成された数百億種類の番号札のどれか一つをもつCTLは、大半が正常細胞を殺すため、胸腺で仲間殺しCTLとして殺されてしまい、ほとんどが死滅すると考えられています。また、大切な相棒であり、お客様でもある有益な腸内細菌を殺してしまうCTLは小腸で選別を受け排除されると考えられています。 こうして体内には仲間殺しではないCTLだけが残っているはず、なのですが、実際はそうでもないようで、よく自己免疫疾患、つまり自分自身の正常組織をCTLが攻撃してしまうことで、現代病の多くの原因となってしまっています。 また、この番号札は個人によって異なるため、他人の細胞や組織が入ってきた場合、攻撃するCTLが増えてきてしまう傾向があります。いわゆる拒絶反応ですが、これはCTLに特徴的な反応で、NK細胞は他人か本人かなど関係ありませんので拒絶反応は起こしません。

 

CTLは、基本的にがん細胞を認識することができません。

 

がん細胞と正常細胞を区別して認識し、がん細胞だけを攻撃する能力をもつのは野生型のNK細胞だけです。

 

 

CTLの場合は、あくまで膨大なバリエーションのある番号札の番号が一致する標的細胞を攻撃するだけであって、がん細胞特有の番号は存在しません。 たまたまあるCTLのもつ番号が、たまたまあるがん細胞がもつ番号と一致した場合、攻撃をします。 これは相手が、がん細胞かどうかは全く関係なく、あくまでたまたま同じ番号の時に、攻撃行動が誘導されます。 何せものすごい番号のバリエーションがありますので、ある特定のCTLが、特定のがん細胞を攻撃するように見えます。  試験管の中の特定の細胞のクローンだけで実験した場合や、マウスにヒトのクローンがん細胞を植えた場合などは、完璧にCTLががん細胞を狙い撃ちしているように見えてしまいますが、患者さんの体内で同じことは起こりません。  体内のがん細胞は様々な番号をもつものが混在しており、一つのCTLが攻撃するがん細胞は、体内のごく一部のがん細胞に限られます。  単純な標的シグナルでCTLを誘導しても、体内の多くのがん細胞は攻撃を逃れます。  体内の腫瘍まるごとを摂りだして、ありとあらゆる番号のがん細胞が存在する状態で、番号合わせをした様々なCTLミックスであれば、ある程度戦力になりますので、私どももこうしたCTL集団を培養し、無償提供しています。 NK細胞に比べたら戦力としては格段に落ちるので、ANK療法を受けられる方に条件が合えば、無償でつけているというスタンスです。

 

体内のCTL集団全体を漠然と免疫チェックポイント阻害薬で活性化してしまうと、多くの正常組織が猛攻撃を受けてしまい、深刻な自己免疫疾患を招きます。 逆にCTL集団をしっかり選別しないで、漠然と培養して体内に投与しても、ほとんど治療効果がありません。 たとえば、注射器で20ml程度の血液を採血しただけでは、その中にいるCTLの中に、体内のがん細胞と型が合うCTLがほぼいない、ということもあります。 沢山のCTLをかき集め、様々ながん細胞のバリエーションが混在している「生腫瘍」を標的に型合わせして、選別したCTLを、強力な免疫刺激と共に投与しないと役に立ちません。

 

ちなみに、大人の男性には胸腺はほとんどありません。 大人の男性になると、もうT細胞の新規生成はないのか、というと、選別を受けた「種」T細胞が体内で、標的細胞と出会ったら、全部が爆発的に増殖して戦い、消耗していくのではなく、一部がメモリーT細胞としてコピーをとっておき、脾臓などに待機しておいて、それ以外のものが爆発的に増殖し、戦闘に加わっていきます。 こうして、「種」がなくなることはないのです。 また、「種」は少し多い目につくられ、スクランブル待機状態に入りますので、同じ標的が再侵入した際には、今度は初回より素早く対応できます。 これが「獲得免疫」のイメージにつながるメカニズムとなっています。

 

CTLとはこのようなものですが、使いやすいのはものすごいスピードで増えることと、培養が簡単なことです。樹状細胞と並んで「学生実験」の定番材料です。 

 

医薬品メーカーとしても、扱いやすい、即製大量培養に向いているT細胞をプラットフォームに用いて、CAR-T療法の初期モデルとして投入してきたわけです。 最大の問題は、がん細胞を認識しないCTLにどうやってがん細胞を認識させるか、ですが、これはまだ実現できていません。 単純な標的物質は存在しないからです。 ようやくのこと、CD19という物質を認識し、CD19を発現する標的細胞を攻撃する抗CD19CAR-T が実用化にこぎつけたのですが、CD19を発現する体内の正常なB細胞も駆逐するため、体内での新たな抗体の産生が止まってしまいます。 また、CD19を発現しないがん細胞は見向きもしません。 CD19を発現するB細胞ががん化したものを攻撃するとはいえ、がん細胞は多様に変化し、CD19を発現しないものも混在し、結局は再発を招くことになります。 CAR-Tで再発を防ぐ可能性があるのは、強烈なサイトカインストーム(放出症候群)と引き換えに、体内のあらゆる免疫細胞が活性化され、NK細胞も活性化され、体内のCD19を発現しないがん細胞も一掃された時、ということになりますが、副作用を抑えるために免疫抑制系の薬剤も投与しますので、なかなか使い方がむつかしいところです。

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