藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHP(リンクをお願いします)をご覧ください。
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TOP > 日米開戦前夜 (番外編1)

2018年03月22日

  

えとせとら

2018.3.21.

 

 

日米開戦前夜(1)~(5)の続きです。

 

 

開戦前夜に国運を懸けて

考え抜いた作戦計画はどうなったのか。

 

海軍が見事にひっくり返します。

 

インド洋の通商破壊活動が大戦果を

上げ始めるや直ちに撤退し、壊滅の危機に

瀕した北アフリカの英連邦軍が息を吹き返し

ドイツと直接、お互いが得意とする兵器のやり取りを

する機会も失われ、中国、ソ連、英国への

莫大な補給を遮断する機会も永久に失われました。

敵を一気に弱らせる唯一のカードを自ら放棄したのです。

 

ドイツは日本の大型水上飛行艇が

ほしくてしょうがなかったのです。

性能は抜群で今日でも同じメーカーが

世界ダントツ最高の飛行艇を自衛隊に

供給しています。

あれがあると、ソ連と英国を支える

米国からの大船団を阻止できるのに、と。

 

また、戦線は拡大しない、絶対防衛圏の要塞化に

国力を集中し、米軍の大反攻を押し返せなくても

時間を稼ぎ、米兵に出血を強要することで

休戦の方向へ米国世論を誘導する、はずだったのですが

海軍はインド洋から引き揚げた艦隊を遠くオーストラリアの

北方ニューギニアから時計まわりにオーストラリアを

取り囲むニューブリテン島ラバウル、

ソロモン群島ガダルカナル

更に遠くフィジーやサモアの攻略に向かいます。

 

何の資源もない島々に航空部隊を分散配備し

補給線が延びれば大量の輸送船が必要になります。

これを狙う敵の通商破壊活動を撃退する戦力も

膨大なものになります。

 

そもそもなぜオーストラリアの東へいくのか。

 

米豪遮断作戦というのですが、ならば

米国から南太平洋への延々と続く長い補給線を

どこかで寸断すればすむ話です。

 

全部で8隻しかいない米空母がこれを完全に護るのは

不可能です。 日本は水上機母艦や航空巡洋艦

それに潜水艦にまで航空機を搭載する世界でも例を

みない空母以外の洋上航空兵力を保有し、相手が

輸送船団ならこれで殲滅できます。 この方が

遥かに合理的なのですが、海軍は、頑として

通商破壊活動はやらない、島々を攻略する、

目的は米豪間の通商の遮断、という訳のわからない

ことを主張しました。

 

その一方で、絶対防衛圏の要塞化は遅々として進みません。

特に本土を直撃できる小笠原群島硫黄島を放置していたのは

仰天ものでした。 父島に主力部隊を展開していたのですが

小笠原群島で航空基地を建設できる平な土地があるのは

硫黄島だけです。米軍は硫黄島以外見向きもしないはずで

何をやっとるか! と栗林中将が着任し戦力を硫黄島に

集結したものの、米軍上陸までに、巨大地下要塞計画の

ごく一部しか完成していませんでした。

 

なお、南方資源の確保は無事完了します。

 

陸軍は蘭印パレンバンの石油精製施設を

ほぼ無傷で鹵獲します。

そのまま使えるわけです。

空挺部隊による奇襲が成功しました。

 

一方、海軍はバリクパパンの製油所の確保に

失敗します。 蘭印にはロイヤルダッチシェルの

巨大な石油関連施設が方々にありましたが

蘭印とは、旧東インド会社の領土なのであり

本国オランダがドイツに占領されていようが

彼らにとってそんなことは些細な問題で、

蘭印の支配者である巨大企業は

本国の状況とは関係なく独自に動くわけです。

英国資本も入っていますので

蘭印であっても、英軍部隊も石油施設の防御に

あたっていました。 国が自国の企業や国民を

守るのが当たり前になっておらず、巨大資本が

国や兵士をこき使っていたのです。

蘭印に限らないですが、アジア各国でも

数百年、欧州の国家ではなく巨大企業による

植民地支配が続き、地元民は大量虐殺され

奴隷として使役され、貿易で利益を生む工芸作物や

鉱産物の生産を重視し、地元民の食糧は

奪われていきました。

 

パレンバンでの空挺部隊の大活躍は永く

白人支配に苦しんできた現地の人々にとって

痛快な語り草となりました。内地でも

空の神兵という宣伝映画が繰り返し上映されましたが

大きな問題が起こります。

海軍が陸軍の油を内地へ輸送することを拒否したのです。

ほんまにあほか、という話ですが

陸軍もやむなく自分で油槽船を建造します。

何とこれを護衛する空母までつくりました。

空母といっても飛行機を少し載せることができる

という代物ですが、当時の米軍の潜水艦は

時々、少し潜ることができる水上艦であり

空から晴天の日に見ると、潜っているのが

丸見えで、対空砲火も撃ってこず

水中では動きが鈍いので

楽勝で撃沈できたのです。

実際、ハワイを空襲した空母機動部隊を

待ち伏せてしていた米潜水艦隊は見事に

返り討ちに遭い、ほとんど全滅します。

 

陸軍は40隻もの護衛空母を建造しました。

 

レーダーも鹵獲しました。

そこにYAGI と書いてあるので

これは何の意味だと質問された英軍将校は

驚き、何を言ってるのですか、あなた方の国が

生んだ天才、八木博士の名前ですよ、英米独、

どこでもみな八木式のレーダーを使っていますから。

 

世界で最初にレーダーの実用試験に成功したのは

日本陸軍で、世界中が八木式を採用していきました。

日本以外は。

アンテナをグルグル回転させると

どうしても電線を巻き取ってしまいます。

そうならない工夫がされているのですが

観れば一発で感動、言葉では説明できません。

同じ技術がANK療法にも使われています。

血液を遠心分離によりリンパ球成分を分けるのですが

回転させると血液を運ぶチューブを巻き取ってしまいます。

そうならない装置として八木式が使われています。

 

抗生物質のプラントも二基鹵獲します。

醗酵プラントなので、醗酵乳製品をつくっていた

明治と森永がひきとり、抗生物質の製造に挑戦しました。

両社は戦後、日本を代表する抗生物質メーカーと

なりますが、森永は爆発事故を起こし撤退します。

旧明治製菓がペニシリンの製造を始めたのは

終戦の翌年でした。

GHQは、日本を米国の工場にする計画でしたので

米国に巨大な医薬品メーカーがゴロゴロいましたが

抗生物質そのものの製造などは、日本やドイツにやらせる

という方針でした。 そこで種菌を無償で供与します。

米国の医薬品メーカーは、抗生物質の粉を購入し、

アンプルやカブセルに詰めるだけで、

20倍くらいの値段にして販売したのです。

日本やドイツ、といってもオーストリアになりましたが

巨大な抗生物質プラントの製品をお届けするのは日本の

商社のお仕事だったので、私の最初の海外出張も

オーストリア、イン川のほとりの世界最大の抗生物質

醗酵プラントでした。

 

 

 

(続く)

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