藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHP(リンクをお願いします)をご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

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2011年09月12日

  

えとせとら

2011.8.19.
 
 
ポツダム宣言受諾の宣告後、
各国、様々な反応があり
混乱の中、第二次世界大戦は
まだまだ続くことになります。
 
米軍は、8月14日の大阪大空襲を
最後に、大規模な軍事行動を控えます。
 
ソ連は、今のうちとばかり、あわよくば
北海道まで侵攻せんものと、全力で進撃を
続けます。
 
戦々恐々と緊迫した空気が流れたのは
東南アジア諸国です。
 
アジア諸国を占領し、植民地支配を
続けてきた欧米勢力は、第二次大戦時、
日本によって、追い払われました。
そして、日本が無条件降伏を
受け容れた時点においても、米軍はごく小さな
島々を飛び石状に占領していただけで、
殆どのエリアに、日本軍が駐留していたのです。
 
マレー半島、シンガポール、香港・北京・南京を
はじめとする中国主要部。満州はこの時点では
独立国です。台湾と朝鮮半島は日本領として
併合されていました。 
インドネシアも、ベトナム・ラオス・
カンボジアも日本軍の進駐下にありました。
ニューギニア島では、まだ日米両軍の死闘が
続いており、ラバウルのあるニューブリテン島など
南太平洋諸島には、巨大な日本軍基地がいくつも
残っていました。 インドは、日本が支えた
チャンドラボース率いるインド国民党の勢いは
萎えましたが、英連邦支配からの脱却へ向け
独立の機運が盛り上がります。
タイは、ずっと中立を守っていました。
 
8月15日を境に、欧米 vs アジア諸国の
全面対決の再来です。
 
日本軍諸部隊も、アジア諸国独立戦争に義勇軍として
参戦していきます。
 
 
さて、ポツダム宣言は、日本の国家として受諾したものです。
 
あくまで、日本の国家としての主権が存在するという前提のものです。
 
 
ところが。
日本に上陸した進駐軍は、「軍札」を発行し、
実際、これを使い始めました。
どこの軍隊も、占領地において、自分たちが発行する
貨幣を流通させる、ということはやるのですが、
複数の通貨が並立するのではなく、軍札のみが正式な
通貨になれば、これはすなわち、主権の侵害ということになります。
 
占領する
大統領や首相を任命する
属州にする
 
支配するやり方はいくらもありますが、
もっとも、基本的な実効支配は、
通貨発行権を独占する、ということです。
 
経済価値を意のままに、自由に印刷できるのですから。
 
 
関東太平洋岸に上陸した米軍部隊が、軍札の流通を
始めたことに驚愕した日本の外交官が、真夜中、単身で
横浜 ホテルニューグランドへ乗り込みます。
マッカーサー将軍の宿泊地です。
 
おかしいではないか。
日本国は、国家としてポツダム宣言を受諾したのである。
(ポツダム宣言に出てくるNATIОN とは、国家のことです)
ところが、軍札を発行し、既に、軍政が始まっている地域がある。
これは、日本国家の主権を侵害するものであり、
ポツダム宣言受諾の趣旨を逸脱する侵略行為である。
 
 
つい3週間前に、原子爆弾を投弾した人たちです。
夜中にひとりで押しかけたら、そのまま不審者扱いされて
消されても、誰も文句も言えない状況で、命を張って
国益を守ろうとした人がいたのです。
 
この正論は、受け容れられ、GHQは、直ちに
軍札の発行の停止を決定し、一部すでに流通したものは
ありましたが、以後、「日本円」が日本の通貨として
使われ続けることになります。
 
 
日本は、一旦、国家主権を守り、独立国の地位を守ることに成功します。
サンフランシスコ講和条約締結までは。
 
(続く)

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