藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHPをご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

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2009年02月11日

  

くすり

2009.2.11.
 
 
心筋梗塞は、心臓自身に血液を送る
冠状動脈に血栓ができることが原因なんだから、
血栓を溶かせばいいではないか、と
考えられました。
 
一見、正しいように思ってしまいますね。
 
何故、血栓ができたのか、見えない部分は
考えないのです。 何故、がんが増殖したかは
考えずに、がんが問題なんだから、がんを叩けばいい、
これと同じ「問題解決型」の発想です。 がんの場合は、
がんの増殖を抑えるべき免疫力を、がんよりも先に
叩いてしまう治療法が標準となってしまいました。
問題を解決しようとして、問題を直接いじると、
問題は往々にして、かえって成長してしまいます。
問題を発生させた背景を無視しているからです。 
免疫系を破壊された患者さんの体内で、
やがて、がんは、猛烈な増殖を始めます。
 
さて、血栓を溶かせばいいんだ、と、単純に考えられてしまいました。
SK(ストレプトカイネース)、UK(ウロキナーゼ)、tPA(ティッシュ・
プラスミノーゲン・アクティベーター)、三つの医薬品の比較試験の
設計に際し、メルクマール(判断基準)として、
 
Recannalization Ratio 
 
これが使われます。
 
Re-は、再度、cannal はトンネルとか、海峡という意味ですね。
再貫通率、つまり、詰まった冠状動脈が、再び、開通する確率をもって、
医薬品の効果判定基準としたのです。
 
 
結果、 SK : UK : tPA  =  60% : 70% : 80%
 
というスコアとなりました。
 
コストは、昨日の通り、200米ドル : 2,000米ドル : 200,000米ドル です。
tPAの場合は、6人がかりで手術しながら投与するので、薬剤代20,000ドル
以外に、手術料が含まれています。 SKは注射するだけですから、大違いのコストです。
tPAの場合、アンジオグラフというものを使って、心臓血管をリアルタイムでX線撮影し、
画像をみながら、カテーテルを操作して、直接、患部へ薬剤を投与します。
なんせ、菌を醗酵させてつくるSK、人民解放軍のオシッコを集めるUKに比べ、
組織培養で大量の高価な培地を使い、時間をかけてつくるtPAは、
異常にコストが高く、投与量も、ごくごく微量に抑えたのです。
 
 
この奏功率とコストの差をどう考えるか。
 
 
米国では、医療コストと、奏功率、更に、治療結果によって、社会復帰した患者が
もたらす経済価値、、、 トータルな経済効果計算を医薬品審査の参考値として
使ってきました。 医療を、お金という視点から見る厳しさは、日本以上です。
自由診療の国なのですから、医療コストが高いか低いかは、患者個人の支払い能力との
兼ね合いだけで決まる問題なのか、というと、そう単純ではないのです。
実は、米国では、保険会社が、国民皆保険の国、日本の厚生労働省よりも、
医療コストの問題にうるさいのです。
LAK療法が米国で普及しなかった大きな障壁は、この民間医療保険の仕組み
という面もあるのです。 自由診療だから、何をどうしようと自由かというと、
米国の医療費の高さは、日本の比ではありませんから、大半の人は、医療保険を
使うことになります。 ところが、どういう疾病に、どういう治療を用いるか、それを
誰が判断するか、、、、 詳細に亙る約款を交わしています。
また、治療を受ける医師より先に、患者個々人の約款に沿って、
医療保険が使える範囲で治療を設計できるプライマリードクターと
面談するので、保険契約した時のリストに載っている治療法しか
使えません。 もちろん、保険料率によって、使える治療法の範囲が
変化します。結局、日本よりも、「自由のない」自由診療なのです。 
 
 
tPAは、十分、高いコストに見合う薬、という評価を得て、鳴り物入りで、
市場に登場します。 バイオ医薬品の黄金期が始まった、と、期待を
集めました。
 
 
さて、当時の試験結果では、患者全体の50%は、特に、薬を投与しなくても、
自然に冠状動脈が再貫通し(自然のバイパスも含めます)、20%は、何をどうやっても、
どうにもならず、残り30%のゾーンの中で、各々の薬の効果の差が出ている、
というものでした。 そういう意味では、自然治癒率50%に対して、
SK:UK:tPA = +10% : +20% : +30% の薬効を示した、
ということになります。 薬の効果によって生死が分かれる全体の30%の患者の中で、
SKは3分の1しか、患者を救えないのに、tPAは、そのゾーンに入る人、全員を
助けることができる、と、60:70:80の比率以上に、tPAが高く評価されました。
 
 
決定的なエビデンス!!!
 
 
そう思ってしまいましたか ?
 
 
問題の本質は、血栓に孔があくかどうか、ではありません。
患者さんが、助かるかどうか、です。
 
がん治療のエビデンスとして、真に意味があるのは、
がんが小さくなったかどうか、ではなく、がんがあってもなくても、
患者さんが、元気に生き続けることができるかどうか、です。
 
治験は、エンドポイント、どの時点で、データを締めるか、
これが決定的に重要な意味をもつことが多いのです。
 
がんの標準治療を、10年生存率で捉えれば、初期がんであっても、
5年生存率とは、相当、異なる様相を示します。 
最近は、発表しなくなりましたね。
 
 
心筋梗塞の場合、半年以上、予後をトレースすると、
結局、発作時点における再貫通率がいくらであろうが、
患者さんが、無事、生き延びる確率には影響しない、
ことが明らかになっていったのです。
血栓ができる原因があるんですから、原因を無視して、
孔だけあけても、また、塞がるのです。
半年経ったら、結果は同じ、それでは、安い薬の方がいい、
ということではなく、血栓溶解酵素なんて要らないではないか、
という議論にまで発展します。 
 
 
かくして、鳴り物入りで登場したtPAは、
既存の薬まで道連れにしてしまいました。
バルーン形成術というカテーテルで血管内に
挿入された風船を膨らませて物理的に、
冠状動脈を再貫通させる治療法
 + 一度、詰まった血管はあてにできないから、と、
人工的にバイパスを形成する治療に
取ってかわられることになります。
 
 
複雑な生命反応を、非常に単純な、
ある視点からだけみた
現象を判断基準としてしまう。 
そして、数字化し、データを統計処理すると、
エビデンスあり!
エビデンスあり!
エビデンスあり!
と、中身を考えずに、
正しいと押し切ってしまう。
 
少し視点を変えれば、
すぐに化けの皮が剥がれるのですが。

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