藤井真則のブログ

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TOP > 明治維新の実態(8) 英東洋艦隊登場、諜報戦から戦争へ

2018年11月21日

  

えとせとら

明治維新の重要な仕掛けである徳川家乗っ取り作戦はごく一部の人々によって画策されました。

 

その上で天下分け目の軍事決戦へ突入した時には敵の大将徳川将軍が自分たちの仲間なのですから圧勝できたわけですが、軍事力の行使となると、一部の人々がこそこそ動くだけでは無理です。領内領民総じて盛り上げる必要があります。

 

島津家は永らく密貿易で財を為し外国商人とも長い付き合いがあって西洋式武器も容易に入手でき、殿様自ら討幕派でしたが、かといって家臣の多くが最初から同調していたのではありません。超英才教育を施した篤姫や同窓の小松帯刀、大久保利通、特殊コマンド作戦のリーダー西郷隆盛をはじめ、様々なプロ集団、たとえば暗殺とかですね、砲術や金属加工といった職人、通訳や外交要員など専門家集団を抱えていましたが、陸上戦となると一般人にも動員令をかける必要があります。

 

領地領民全体を討幕に駆り立てる「事件」が必要でした。

 

イァ~~っと叫んで高く飛び上がり、馬上の敵を撫で斬る薩摩示現流の使い手が生麦事件を起こし、待っておりましたと英東洋艦隊が押し掛けてきます。島津側も神風に助けられ、つまり台風がきたのですが陸上砲台の方が有利に働き善戦はしますが町も焼かれ圧倒的な火力を見せつけられます。この薩英戦争を機に、領内は一気に英国製の武器を購入し彼らを後ろ盾として討幕に邁進するという方向に向かい、反対派勢力を抑えこみます。

 

国外勢力と手を結び、日本国内の討幕派連合を束ねながら徳川家内部崩壊の布石を打つ。ここまでは秘密結社的な諜報戦として進めても、本格的な戦争を起こすには内部の反対派を抑える、ここが一番重要かつ困難なハードルとなりますが、薩英戦争はこの難問を一発解決しました。

 

長州の場合は、討幕派の力が弱いため、領内を討幕でまとめるにはもっと手の込んだ仕掛けが必要でした。

 

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