藤井真則のブログ

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TOP > 明治維新の実態(9)英東洋艦隊、長州を乗っ取る

2018年11月21日

  

えとせとら

島津家の場合は殿様自ら討幕派。公家や諸大名との婚姻関係を広げ、正室を公家から迎える将軍家と親戚となり世継ぎ問題に介入します。斉彬自身は安政の大獄寸前に変死、討幕派の重鎮が将軍になる日を見届ける事なく夭逝しました。それでも篤姫、幾島、西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀らが諜報作戦を継続します。英国等との密貿易の使用人である坂本龍馬らも工作を続けます。諜報戦以上に一番難しい内部反対派の征圧は薩英戦争により英軍の圧倒的戦力を領民に見せつけることで、英国と組み総動員をかけ東へ戦争をしかけることで領内を統一します。

 

毛利家にも切り札がありましたが、動いていたのは下級武士や一般領民です。活動費や武器購入費は討幕派の商人からでていましたが背後には英国商人と福井松平家が蠢きます。武力で政敵を倒す、テロ行為で騒乱を起こす、過激な水戸学派のシンパを育て京の都などで狼藉を働きますが、家臣団の大勢は保守派です。

 

強引な禁門の変で御所を砲撃しつつ、同時に天皇が攘夷と言い徳川も認めたからと外国船焼き打ちの暴挙に出て薩英戦争で行動を活発化していた英東洋艦隊を呼び寄せます。

 

馬関戦争では英艦隊の火力に圧倒され、敵前上陸した陸戦隊に資産を没収され婦女暴行や乱暴狼藉でやられ放題です。恐ろしさを植え付け、それから言うことを聞かせるという考え方です。

 

軍事占領後の敗戦交渉で高杉晋作は一方的に英国側要求を受けたと記録にあります。

 

この時、英国留学から絶妙のタイミングで英国艦が連れ戻したのが伊藤博文井上聞多。毛利家にとってはグラバーに大金を払って留学させたエリートですが、英国から観れば徹底的に「教育」した僕であり艦隊行動に合わせて通訳として送り込んだのです。

 

しかも直後に長州征伐。英国の武器商人から購入した兵器で武装した一般人の寄せ集め部隊は侍集団との内戦を優位に進めます。但し領内統一にはまだ激動が続きます。

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