藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHP(リンクをお願いします)をご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

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2009年11月22日

  

えとせとら

2009.11.21.
 
 
CO2対策と称して各地で木を植えています。
 
そんなことをして意味があるのでしょうか。
 
 
自然の森は成熟するのに温帯では凡そ1000年かかります。
もっと気温が低いタイガでは、更にかかるかもしれません。
 
かつてエジプトやフェニキアの神殿をつくるのに大量に使われた
レバノン杉。 フェニキアの艦隊も、レバノン杉を竜骨に使用した
船を用いていました。 今では砂漠になってしまった
アラビア半島一帯にも生えていたそうですが、
20世紀の終わりには45本を残してなくなってしまいました。
今、盛んにレバノン杉の苗が植えられ、
2005年に見てきた時は、
赤ちゃんレバノン杉が沢山、生えていました。
2000年だったか、最初にレバノンへ行った時、
自分の背丈より少し高い位の子供のレバノン杉を指差して
これで、何歳くらい? と、ガイドに聞いたところ、ざっと180歳
ということでした。 じっくり時間をかけて育つからこそ、
芯が硬く、どんなに負荷をかけても曲がったり折れたりしない
頑丈な木になるのです。
4500歳のレバノン杉も生えていましたが、
こちらは流石の大木。 イエスの時代どころか、モーゼの時代も
更にもっと前、シュメール人が活躍した頃から生えていたのです。
 
さて、一面、杉を植える、田んぼ全面に稲が植わっている、
畑じゅうに小麦が茂っている、これ全て自然の
状態からは程遠い訳です。
明治神宮の森は、人工林ですが、1000年かかるところを
100年で成熟するように、全国から木を集め、
沢山の種類の木をうまく組み合わせて序々に
木の種類が入れ替わりながら、
安定して世代交代が続く状態まで漕ぎ着けたのです。

素早く成長して高くなる木、成長は遅いものの
暗くても生きているので、高い木の足元で勢力をはり
やがて高い木が倒れる日を待ち続ける、、、
逆に高い木の種は光の量が多くないと育たず、
親の木の足元では背の低い他の種類の木に圧倒されて
しまいます。 木はお互いに枝を伸ばしあい、
光を取り合い、樹液やガスを放出して相手を攻撃します。
物理的に押し込むこともあります。
人間の目と時間では、木は動きませんが、
録画フィルムを早回しすると、木は互いに激しく動き
成長競争し、相手を押し込み、叩き伏せ、捻じ曲げてでも
生存エリアを確保しようとします。
ただ戦うだけではなく、樹皮に大量の水分を蓄える
ブナのような木は、森全体に潤いを与えます。
これに草やツル、昆虫に小動物や鳥、そして微生物などが
複雑に絡み、互いに影響し合うのですから、
みんなで木を植えればいい、そんな単純なものではないのです。

複数の木を複雑に組み合わせて森をつくるのが自然なら

多数のセンサーを組み合わせ
がん細胞を見分けるナチュラルキラー細胞の
行動もまた自然の営みです。
がん特異抗原を標的に単純な一対一の物質反応で
がんを攻撃しようとするのは、複雑な自然の森を理解せずに、
単純に杉を植えまくる意識と共通するものがあります。
 
 
複雑な自然環境に与える乱暴なインパクト。
それを「CO2問題」と単純化し、CO2を減らせばいいのである、
というのは、いくらなんでも考え方が単細胞過ぎます。
(もっとも単細胞の方がもっと賢いですが)
 
大体、木を植えて、それがどうしてCO2問題解決につながるのでしょうか。
 
木は殆ど水の塊です。チョロチョロと地表に生えさせたところで、
含まれている炭素分は、現在、大量に燃焼されている化石燃料から
放出されるCO2に含まれる炭素の比ではありません。
文字通り、「焼け石」に「水」です。
 
寒冷地の森林はCO2減少に寄与しています。
その証拠は泥炭です。 あれ炭素の塊です。
空気中のCO2を吸収し、腐敗しきらずに炭素化した
有機物が堆積したのが泥炭です。 もっとも、寒冷地の
森林は代謝が不活発で、泥炭の蓄積も遅々としていますから、
やはり現在の化石燃料の燃焼に比べればないのと同じですが
少なくとも、多少なりとも、大気中のCO2を減らす方向には
働いています。
 
温帯の森林は事情が異なります。
日本の森でも、有機物は殆ど堆積しません。
つまり、大気中から吸収したCO2に含まれる炭素分は
再び、どこかへ放出されているのです。
日本の場合は、海に流れ込み、豊な漁業資源と変わります。
森林が吸収したCO2の炭素分は、プランクトンを経て、
魚となるのです。 ですが、漁獲量なんて、たかがしれています。
ある魚を何万トン獲れたというと
かなりの量です。 
化石燃料の燃焼によるCO2放出は数十億トンです。
日本の森がいくら頑張っても、全く、関係ない量、ということになります。
 
熱帯雨林はもっと状況が異なります。
ほぼ、何ら、有機物の蓄積がないのです。
高温で腐敗が進むからです。
アマゾンの森林を全て焼き払っても、
恐らく、大気中のCO2濃度には
何の影響もないでしょう。
いくら大気中からCO2を吸収しても
ほぼ全てが大気中に再放出されているのです。
しかも具合の悪いことに、CO2を吸収して作られた
有機物が、腐敗により、メタンに変わるものがあるわけです。
あくまで仮説に基く、ある計算による、ということですが、
CO2よりも、メタンガスの方が遥かに温暖化計数が高いのです。
つまり熱帯雨林は、実は、地球温暖化を促進している
という可能性もあるのです。 
実際、そのような論文が発表されています。
 
自然の森を大事にする、といっても
本物の原生林はもう残っていません。
日本では青森の白神山地の一部と
和歌山の那智の滝の奥に広がる一帯、
自衛隊のレンジャー訓練をやるところ、
この二箇所だけです。
本物までは無理でも、
つくりものの自然林っぽいものをつくりたければ、
気合と根気と予算が必要です。
徹底的に設計し、人手をかけ、他の森からの移植をやった
明治神宮でも100年かかっているのです。
 
自然っぽい森を育てる、というなら、人間の手を
加えるしかありません。 放置するとサティアン状態の
藪になって、自然の風情とは対極の状態に陥ります。
西日本で森を放置しておくと、一挙に竹薮が広がります。
適当に間伐してやらないと、植生密度が高くなりすぎ、
ミネラルが消耗され、植物にとって環境が悪くなるのです。
すると竹は生き残りをかけ、猛然と根を張り、至るところから
芽をふきます。 あっという間に付近の民家は
竹の侵略を受けることになります。
うちの実家は大阪駅まで歩いていける
都会のど真ん中ですが、そんなところでも
竹の猛攻を受けたことがあります。
床から畳を突き破って竹が伸びるのです。 
こうした藪は害虫の巣窟になり、
ドブ水が溜まり、蚊の発生源にもなります。
藪は植物にとって過酷な環境、
つまり無秩序な生存競争の場となります。
すると植物の免疫力が低下します。
こうなると、病原菌やウイルス、害虫が
大量発生し、付近にも散っていくのです。
植物だって、自然免疫を備え、
健康である限りは、菌やウイルス、害虫などを
抑えているのです。
 
自然の森を取り戻すことは大切なこととは考えていますが、
生半可にやれることではありません。

そして、CO2問題との関連で言うなら、植林は、
やってもやらなくても、全く大勢に影響を与えない行為です。

子供にCO2が問題だから木を植えましょう、と教え、
ただ、何種類かの木を植えて、それでいいことを
した気に勘違いさせる。
環境問題をまともに捉えることができない、
全体像を捉えることができず、部分的で
単純な問題解決策に走り、実は、何の
問題解決にもなっていないことをやって
自己満足に勝手にひたる。
次世代の教育として、
あってはならないことではないでしょうか。

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