藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHP(リンクをお願いします)をご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

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2011年08月06日

  

えとせとら

2011.8.6.
 
 
広島に原子爆弾が投弾された時、
私自身は、まだ生まれる15年前でしたが、
母が、被爆者の救護に駆り出され
その際、本人も、被曝しました。
女子挺身隊に徴集される年齢ではなかったのですが、
何でもかんでも、辺りにいた人は動員されたようです。
 
父も、通常なら徴兵される年齢ではなかったのですが、
職業軍人として、当時、厚木基地におりました。
航空総軍(いわゆる空軍)帝都防空航空隊の本拠地です。
ここで、最新式の遠隔誘導システムを応用した対空火器を
操作し、来攻する米機動部隊の艦載機を撃墜しました。
誰がやっても、撃てば必ず命中するんだそうです。
 
今、この厚木基地から飛来する米空母の艦載機が自宅の
上空を飛び回り、うるさくてしょうがありません。
親の因果か、つい撃墜したくなるのですが、今は
同盟軍ですから、撃ってはいけないことになっています。
 
 
さて、8月は6日広島、9日長崎と続き、
更に、9日には、日ソ相互不可侵条約を一方的に破り、
ソ連軍が、ソ満国境を越え、侵入します。
満州は、独立国だ、いや、違うと国際連合でもめた
経緯がありますが、ともかくソ連軍は、千島列島にも
侵攻してきましたので、間違いなく、日本本土へ
侵攻した、ということになります。
14日には正式にポツダム宣言受諾の意志表示、
その後、大阪大空襲があります。
何で、降伏する、といってるのに
空爆をするのでしょうか。
 
ポツダム宣言受諾についても、
基本的に受け入れる用意あり、
という意向は、原子爆弾投下前に
米国が認知するところとなっています。
(この問題は、複雑ですので、今はやめておきます)
 
 
このポツダム宣言の条件の一つに
こういうのがあります。
 
日本は、「戦後賠償を実行する目的のみに、製造資産を有することができる」
 
 
この条項は、今も、有効に機能しています。
 
 
日本人は、一所懸命働き、物をつくり、米国へ輸出する。
ま、最近では、世界中に輸出していますが。
そして、稼いだお金は、米国に上納しなければなりません。
具体的には、米国財務省券TBを買い続けるのです。
こうして、いくら働いても、国内に富は蓄積されず、
汗水流して作った「物」も、稼いだ「金」も
米国へ流れます。
こうして、米国では、クレジット、金銭的信用を背景に
現金をもたずに、大量の物資を購入、消費する生活スタイルを
続けます。  まあ、米国の物資やエネルギーの消費は
凄まじいです。
日本のどんな裕福な家庭でも、米国一般家庭、、、
といっても、ごく一部の超富裕層と、貧民層ということになるのですが、
ともかく、社会全体で、桁違いに大量の物資、エネルギーが
消耗されていきます。
CO2削減など、米国が少し、努力すれば、他の国はどんなに
サボっても、楽勝で達成できるほど、米国の物資、エネルギー消費は
ずば抜けているのです。
 
もっとも、この仕組みは、ポツダム宣言受諾によって
直ちに、できあがったわけではありません。
 
 
日本の独立を守るため、敢然とGHQに立ち向かった外交官も
存在しました。
 
 
(続く)
 
 
 
 

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