藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHP(リンクをお願いします)をご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

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2012年04月25日

  

えとせとら

(5年前に公開したものですが、なぜか下書きフォルダーに落ちていましたので再度公開します)

 

2012.4.25.

おおよそ7600年前
特殊な火山のおかげで、氷河の中にポツンと
あらわれた淡水湖、ユーラシア大陸に生き残っていた
多くの人々が集中していた氷河の中のオアシス

後退した氷河の融解がもたらした海面上昇が
地中海周辺の壁によって蓄積され、一気に大洪水が襲い
突然、出現した黒海

難を逃れた人々の一部は現在のブルガリア、ベリコ・トルノボへ
逃れ、一部は、トルコ・アルメニア国境付近にあるノアの方舟伝説の
山々、アララトのツインピークスを目指しました。

アララトのふもとから広がった人々は、徐々に、勢力圏を南方へ
移し、やがては、いわゆるメソポタミア文明を開きます。
また、次々と西へ移動する人々が、古代エジプト、イスラエル、
フェニキア、また、草原地帯一帯に広がり、ユーラシア大陸の東の
橋から、今日のハンガリーあたりまで、世界規模の勢力となる
スキタイが分離していきます。

ベリコ・トルノボに逃れた人々は、やがて、トラキア文明を
開花させます。

ヘロドトスをして、インド人についで、人口が多い、と記述させた
ヨーロッパ最大の古代文明トラキア。

トラキア人の系譜としては、ホメロス、アリストテレス、アレキサンダー大王、
など、名だたる人物を拝しますが、日本では、トラキアというと
「何それ?」という顔をされることもあります。

もちろん、マケドニア人と呼んだり、フィン族と称したり、
人によって、民族の分け方、呼び方が異なり、異論反論は
いくらでもあるのですが、まちがっても、彼らは
ギリシア人ではありません。

そもそも、民族揺籃の地、コーカサスについては、ヨーグルトで
有名? という程度で、あんまり日本では馴染みない地域のようです。
グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン、、、
子供のころから、興味がつきず、一番、行きたい地域だったエリアに
ついて、周囲の人に熱く語れば、語るほど、変わった人と思われるのが
おちでした。

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