藤井真則のブログ

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2012年04月29日

  

えとせとら

(5年前に公開したものですがなぜか下書きフォルダーに落ちていましたので再公開します)

 

2012.4.29.

日本で「トラキア」というと、「???」
という顔をされることが多いです。

ヨーロッパと北方アジアのほとんどの
民族のルーツなのである!!!
と言ったところで、今一、反応がありません。

ブルガリアのトラキア平原は
世界の考古学者が集結するラッシュ状態でしたが
日本では、ほとんど報道されません。

学校で習った記憶もないですね。

学校の世界史の授業では
世界史に重要な影響を与えた民族の話は
あまりでてきません。

教科書に載ってた古代史というと
まず、世界四大文明でした。
メソポタミア、エジプト、インダス、黄河の
四つで、基本的に砂漠なのである、と。
雨が降らないのに、上流が雨期になると
洪水がくる、その洪水後に種をまけば
豊かな収穫ができる。
そして、自分たちの上空には雨がふっていないのに
星の動きから計算して、見事に洪水の時期を予想し
当ててみせた人々が、神格化され、権力を獲得して
いった、、、、 という、およそ古代人を侮辱した
話を聞いたのを覚えています。

で、どういう文明だったか、ほとんど実態については
教えられなかったです。
エジプトについては、ピラミッドもあり、TVにも
よくでてくるので、詳しい話を聞いたような錯覚に
陥りますが、冷静に考えると、学校の授業で
古代エジプトの話は、ほとんどなかったです。

ロゼッタストーンが発見され、ヒエログリフが解読された
素晴らしい「偉業」については、大袈裟に教えられたのですが、
そもそも、ヒエログリフを読める人々を、わざわざナイル河の
上流まで遡って、見つけ次第、全員殺してしまったのは
十字軍の仕業です。 人類の偉大な英知の記録や、その記録を
読め、また伝承してきた人々、古代エジプト人の子孫を皆殺しに
しておきながら、しばらく経って、「発見した」、「解読した」
素晴らしい業績だ! とやっているわけです。
その業績も、侵略の成果です。

また、クレオパトラの話は、何か、習った記憶はあります。

クレオパトラの鼻がもう少し低ければ世界の歴史は変わっていた、、、

クレオパトラが美人であったと、勝手に思う人もいるのですが、
もちろん、何をもって美人というのか、本質的な問題もあるのですが
それを棚にあげるとして、クレオパトラが美人であったなどという
根拠は何もありません。 むしろ、あまり、器量はよくなかったと
考えられています。 鼻が低ければ、というのは、鼻が高いために
ローマに入ることを許されなかった、もし、もう少しましな鼻だったら
ローマに、権力者の伴侶として入城を果たし、権勢をふるったかもしれない
という意味でいってるわけです。

ローマの宿敵、国家建設の原動力となった、嫉妬の対象
フェニキアの人々の鼻は高いわけです。
鼻が高い民族はほかにもいますが
ローマ人にとって、高い鼻、セム族の特徴というのは
フェニキア人を連想させます。
どうやら、フェニキア人であるらしいクレオパトラが
ローマに入って、権勢をふるうなど、あってはならないことだったのです。
(歴代のローマ皇帝の中には、フェニキア人の皇帝もいるのですが)

そもそも、クレオパトラは、プトレマイオス朝の人です。
プトレマイオスというのは、トラキア人です。
アレキサンダー大王の遠征に将軍として加わり、
大王が世を去ったあと、ディオドコイ(継承戦争)を
巧みに乗り切り、エジプトをせしめたプトレマイオスが
開いた王朝です。
古代エジプトとは、ほとんど関係のない人です。
本物の古代エジプトについては、ほぼ詳しいことは
教えられないのです。
挙句に、プトレマイオスをギリシア人と称し、
アレキサンダー大王が、ヘレニズム、つまり
ギリシア文化を東方へ伝えた、と習うわけです。
アレキサンダー大王は、ギリシアを征服した大王であって
ギリシア人でもなければ、ギリシア文明を世界に伝えたのでも
ありません。ギリシア人も遠征につれていきましたが
主力は、トラキア軽歩兵と、テッサリア軽騎兵です。

要するに、グレコローマン、ギリシアにローマが
歴史の本流なのよ、と、教え込まれるわけです。
で、古代エジプトはその前から栄えていた、と
一応、そういう話にはするのですが、内容は教えないのです。

メソポタミアについては、ほとんど内容は教えません。
インダス文明もしかり。
アーリア人がインドに侵入したという話だけ、ポツンと
教えられ、あたかも、後々のインド文明はアーリア人が
ベースをつくったかの如き印象を与えます。

黄河文明にいったっては、ほぼ「創作」です。

そのような文明が存在した根拠はないのです。

多少の集落跡はありますが、その程度のものなら
いたるところにあります。
ヨーロッパでは、まるでギリシアが文明の源のように
語られ、東アジアでは、まるで中国が文明の源のように
語られます。

ヘロドトスの歴史も、司馬遷の史記も原文では読めないのですが
日本語訳を読んだ限り、当のギリシア人や漢人が書いた書物なのに
ギリシア人や、漢人が、如何に情けない立場にいたかがよく
あらわれています。 でも、彼らは、「歴史を書く」ことを始め、
自分たちが、文明をつくりあげた源のような振りをしていく
方法をみつけたのです。

こうして、トラキアもフェニキアも、スキタイも、
そして、ペルシアの世界帝国、また、ローマ帝国を撃破し、
帝国の首都ローマを占領したローマよりも大きかった国
パルティアなどは、名前もろくにでてこないのです。
古代史を作り上げた人々のことは、ほとんど学校で
教えられないのです。

ちなみに、古代文明は砂漠に誕生したのではなく、
緑豊かな土地だったのが、樹木を切り過ぎて砂漠化したと
考えられています。  アラビア半島も、かつてはレバノン杉を
はじめ、緑生い茂る豊かな森だったのです。

人類史において、3万年と少し前くらいから、植物を改造する
という、人為的な自然改造が始まりましたが、ついに、森林減少と
砂漠化、環境破壊を始めるようになりました。

 

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