藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHP(リンクをお願いします)をご覧ください。
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2012年05月30日

  

えとせとら

2012.5.30.

随分と、更新せずにすみません。

8000年前の氷河の揺れ戻しがあって、そして、
再び後退した後。
人類が、黒海周辺、トラキアの平原か、アララト山の麓から
ユーラシア各地へ散っていき、
トラキアからは、ラップ人(今日のラップランド周辺に住むサミー人、
サンタクロースのモデルになった人たちです)、
フィン・ウゴル族(東へ移動を続け、モンゴルを含む
ウラルアルタイ語族や、日本にも影響が強いツングース語族
(エヴァンキ族)となります)、続いて、
ハルシュタット文化(ゲルマン民族やケルト民族)、
そして最後に大規模な人口爆発を起こしたスラブ族などが、
まずドナウ川を遡り、ライン川を下り、バルト沿岸から方々へ
拡散する、そしてそれまでにいた民族を圧迫する
という民族の波が繰り返し起こりました。

フン族というのは、一度、ウラル山脈をこえて東へ移動した
フィン族の一部が、アララトから広がった遊牧民スキタイ系と
バイカル湖周辺で融合し、強力な騎馬軍団を備えたいわゆる
騎馬民族として再びヨーロッパへ戻ってきた、
そういう説が有力になっているようです。
草原地帯でないと、大量の馬を飼えませんので、
ヨーロッパまでやってきた騎馬民族は、ユーラシア東西に広がる
大草原地帯の西の端、ハンガリーまで到達し
そこから西へは、たまの遠征しかしない、
これは、フン族であれ、のちのモンゴル帝国であれ
同じパターンのようです。
紀元前にハンガリーに住み着いたマジャール人が、
モンゴル帝国の侵入を受けるまでは、ヨーロッパ最強を
うたわれたマジャール騎兵を擁し、ゲルマンやケルトの脅威となり続けました。
特に、パリを長期間占領し続けた「アッティラ王の支配」は
ヨーロッパの歴史の中で特記されています。

フィンランド人は、6500年前~5000年前にかけて
ヨーロッパに広がったフィン族そのものの末裔、
よくアジア系といわれますが、アジアの人が引っ越してきたのではなく
フィン族が北方アジア系のルーツになったために、両者が共通なのであって、
フィンがアジア系というより、北方アジア人がフィン系という方が、
今日では、正統派になりつつあるようです。

一方、フンが住むガリアの国、フンガリア、つまりハンガリーは、
後からヨーロッパにもどってきたフィンウゴル系の人々、
バルト海諸国については、ウゴル語を話すエストニア人は、
フィンウゴル色の強い直系派、お隣のラトビア、リトアニアは、
多少、ゲルマンなどが混じっている、という見方のようです。

アララト山の方は、有名なイスラエル人の元になるアラム人をはじめ、
古代エジプト人やフェニキア人、ユーラシア全土に遊牧を広げ、
牛や馬の家畜化を先導したスキタイ、他、アラブ系やペルシア系などが、
多少、年代がずれながら、アララトの下を離れ
主に、南へ下ってから、中東方面などに展開したと考えられているようです。

現在、考古学上の発見ラッシュが続いており、メソポタミアより古い文明
そもそも、どこからメソポタミアへ人々がやってきたのかが
明らかになってきており、いつかは、四大文明(実在しなかった黄河文明を
含んだ四大文明)より古い時代のことはほとんど書いていない
教科書が書き換えられる日もくるのでしょう。

とはいえ、発掘調査を進めているのは、圧倒的に白人の学者ですから
自分たちのルーツ、コーカソイドと言われる所以である、コーカサス周辺を
徹底的に発掘するわけですが、たまに、チラリと報告されるアフリカの古代の
巨大遺跡や、インドについては、なかなか、調査が進みません。
また、古代の日本については、英国を中心に大規模な学会活動が
展開されていますが、こちらは当の日本で、あまり多くを語られません。

実は、日本も、黒海にのまれてしまった凍らない淡水湖と同じく、
8000年前の氷河の揺れ戻しの際に、凍らない土地があったのです。
世界最大の暖流である黒潮がぶつかり、また、火山活動が活発なので、
例外的に暖かい土地が残っていた日本には、
大量の大型哺乳類が駆け込みます。
それと共に、世界各地から様々な人々も殺到しました。
氷河がひいてからは、海水面が上昇し、ポツンと大海に
浮く諸島となった日本列島には
ぱったり大陸からの人々がこなくなります。

6500年前 トラキア平原に巨大古墳文明(一個一個の
古墳が大きいのではなく、異常に大量の古墳群を
つくりまくった巨大な文明が存在したという意味)が栄え、
世界主要民族のルーツ達が旅立の準備を進めていたころ、
日本にも、統一国家が存在したことが明らかになってきました。
その立証には、遺伝子工学が活躍します、、、、 (続く)

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