藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHP(リンクをお願いします)をご覧ください。
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2012年06月01日

  

えとせとら

2012.6.1.

コーカソイド(白人)の故郷であるコーカサス方面や
黒海周辺エリアでは、考古学上の発見ラッシュが続き
教科書に四大文明と適当に書いてある話が
ひっくり返っておりますが
日本でも、大どんでん返しの発見が続いています。

6500年前 日本には世界的な統一国家が存在した

最初は、三内丸山古墳が注目を集めました。

当時の人、といっても、何千年も続いた集落なので、
気候変動と共に、生活スタイルも変遷していくのですが、
まず、細かいことはさておき、何を食べていたのかということが
明らかになっていきました。

巨大な黒マグロ、今日ではお目にかかれないメートル級のタイ、
畳のようなヒラメ、カツオをはじめ、昆布やら、キノコ、
鳥に豚に、一通り、今日の割烹のフルコースにでてくるような
しかも、遥かに質が高そうな食材がずらりとそろっていたようです。

今風にいえば、とんでもないグルメを楽しみ、
しかも殆ど労働していなかった
豊かな食材がふんだんにあり、労働する必要はなく、
男女が自由に恋を語り、着飾り、化粧をし、
どうやってつくったのか
巨大な柱を建てた祭場のようなところで、
祭りごと(→転じて、政りごと、政治)を
謳歌していたようです。 火焔土器なるもの、
現代技術をもってしてはなかなか、
真似ができなかったのですが、やっと製法が解明され、
シリコンカーバイド系の
特殊なファインマテリアルを用いているため、
薄くて丈夫であることがわかりました。

三内丸山古墳では、樹木・草本が人為的な管理の下で植えられていました。

考古学者が特に注目したのは栗の木です。

発掘された人骨を調べると、主に、何を食べていたのかある程度、
推測がつき、寒冷化した後は、川を遡上してくるサケが重要な
食糧源となったことがわかっていますが
主要な食糧として永らく食され続けたのは、栗の実でした。
そして、花粉の遺伝子を調べると、生えていた栗の木は、
ほぼクローンであった、つまり品種を確立し、
株分けをして植えていたことがわかっていきました。

ところが、全国各地の遺跡を調べていくうち、非常に短期間の間、
それも10年とか、そういうレベルの期間の間に、
本州から九州まで、同じ遺伝子のクローンである栗の木が
大量に植えられていったことがわかってきました。

統一された文化圏が存在した、ということです。

かつて、江戸時代に創作された偽書だ、と「トンデモ本」の類として
片づけられてきた「ホツマツタエ」に書かれていた国創りの神話は、
おおよそ6500年前、ほんとうにあったらしい、、、、
ということになってきました。

寒冷化が進み、冬が長くなり、飢え死にする人がでてきたため、
国創りのリーダーから、栗の木を植え、秋に実を回収して粉に加工すれば、
冬の食糧を確保できる、せめて秋口の何日かは労働するように、
そう、ご指導があり、人々は無事、冬を越せるようになった
と、書いてあります。 この本、独特の文字で書いてあり、
原文では読めないので現代語訳しか読んだことがないのですが、
読めば得心する内容です。
これが偽書というなら、最高の創作といっていい内容です。
創世記に相当するもの、宇宙をつくる話は、聖書のスケールを超えています。
伊勢神宮や天橋立をはじめ、日本人なら、何か特別なところ、、、
と感じる聖地の数々が登場し、はじめて、日本の歴史の
全体像がみえてくるようです。

あまりにスケールが大きく、現代人にとっても、
ああ、そういうことだったのか、と得心がいく話が連続しており、
これを偽書としてトンデモ扱いしてきた人々の方が
よっぽど、トンデモな人々でしょう。

ちなみに、「カミ」とは、国創りのリーダーとして歴史上、
実在した人物のことをいいます。
神社とは、国を創りあげた有能なリーダー達が、
いつ立ち寄ってもいいように、常に掃き清め
そこにお泊りいただき、政ごとを行っていただき、
そして地元の娘と交わり、次世代のリーダーを産み、
育てるところ、亡くなられた後も、その精神やどる聖なる場、としています。
そして、いわゆる人間ではない「神様」に相当する存在も登場はするのですが、
この世の中、空間そのもの、宇宙よりも大きな存在であるため、
あれが神様、とか、どこかに神様がいる、とか、神様がこう言った、とか、
そういう日常的な表現はできず、また、むやみに言葉にすることも
はばかられる存在、言葉にして、呼ぶ、ということ自体が、
自分自身と「神様」を分離してとらえていること、
少しわかりにくいかもしれませんが、
「神様と共にある」状態から逸脱していることになるのです。
これは、ほんものの一神教です。
八百万(やおよろず)の神々も登場するのですが、こちらは、
あくまで「人間」です。

一方、旧約聖書を読めばすぐにわかりますが、どう考えても、
一神教にはみえません。
たくさん、神々が登場するからです。
そして、神々が戦い、自分だけを唯一の神として
信じるように、これが、世界三大宗教のいうところの一神教です。

さて、日本には、人類史に輝く、高度な精神、文化や文字、
そしてよく統率された古代国家、それも当時としては、
非常に大規模なものが存在したことが明らかになり、隣の朝鮮半島でも
おおよそ5000年前に栄えた大同江文明が注目されています。
3000年の歴史と称してきた中国では、徐々に、
都合の悪い事実が明らかになるにつれ
4000年の歴史と1000年、延ばし、
さらに5000年の歴史だ! と、さらにまた年数を延ばしてきましたが、
実際には小規模な集落が散発的に見つかっているにすぎません。

これは、どっちが優れているという話ではなく、気候条件が大きく
影響していると考えられています。
特に、日本列島でいうと、黒潮が直撃する紀伊半島や、
東北各地の火山周辺(八甲田、会津磐梯、東北ではありませんが
八ヶ岳など、富士山より高かった巨大な火山は古代の文化を育み、
そしてある時、大噴火と共に飲み込み、山の上部も失いました)は、
大地を氷河が覆った時代、例外的に温暖で、豊富な凍らない真水を
恵んだことが、豊かな文明をはぐくんだと考えられています。

 

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