藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHP(リンクをお願いします)をご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

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2012年08月03日

  

えとせとら

2012.8.2.
 
 
学校の授業では、
オリンピアの競技は
各ポリスがバラバラだった
ギリシア世界が、一つに
まとまるために各都市代表の
選手が集まって競技大会を
開いたのである、と習いました。
 
どうやら、当初は、そんなことは
関係なく、あくまで神々の競技だったようですが
やがて、各ポリスの勢力争いを反映するように
変遷していったようです。
もっとも、各ポリスは、各々の神の名を
語る存在であって、各ポリスの争い=神々の争い
という構図でもありますが。
 
政治的な色彩が強くなってきたころ
圧倒的な強さを誇っていたのはドーリア人の集団
特に、スパルタ式教育で有名になったスパルタが
毎年のように優勝をさらいました。
 
スパルタでは、幼子のうちから、親と隔離して
徹底的な軍隊式教育を施したとされています。
 
これがおもしろくないイオニア人。
 
中でも、アテナイは、何とかして一泡吹かせようと
画策します。
 
そして、イタリア半島から、屈強な若者を銭で雇って
競技に参加させるようになりました。
 
アテナイの雇い選手に、散々、打ち負かされたスパルタは
後日、復讐をします。
 
 
両ポリスは、ペロポネソス半島で激突、全面戦争に突入します。
一進一退の攻防が続いたあと、スパルタは、アテナイの食糧供給基地であった
シチリア島へ侵攻、糧道を絶ったこの作戦は奏功し、ついに、アテナイは
スパルタに屈します。
 
 
主導権を握ったスパルタは、オリンピアの競技から、金をもらって参加する選手を
排除します。 今日の、プロかアマかという論点と、ずれはありますが、
かくして、オリンピック競技に、プロの参加は禁じられたのでした。
 
 
別に、アマチュアが純粋で、プロフェッショナルは純粋ではない、
ということではないのです。
純国産が強いスパルタと、強力助っ人を雇うのが得意なアテナイ、
どっちが、戦争や外交で優勢かによって、プロフェッショナルが認められるか、
禁止されるか、という違いだったのです。

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