藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHP(リンクをお願いします)をご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

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2012年08月13日

  

えとせとら

2012.8.13.
 
 
世の中、盆休みのようですが、リンパ球バンクは
まったく平常通りです。
がん細胞もNK細胞も、お盆休みはとらないので
人間だけ、勝手に休むわけにはいきません。
 
 
古代オリンピックの書き込みをしたあとちょうど、
ナショナルジオグラフィックスさんに
古代オリンピックの紹介ニュースがあり
現代的な感覚でいえば、相当、というより
豪快に羽目を外した乱恥奇騒動だった旨
紹介がありました。
 
スポーツは脇役で、あくまで宗教儀式
ただし、参加者は、今でいえば何でもありの
快楽にふけった、という如何にも西洋的な
見方をしています。
 
古代オリンピックが、「乱れていた」というより
ヨーロッパ人の価値観が、古代の人々の自由な文化に
退廃の烙印を押して、蔑視してきた歴史的背景が
あります。
 
古代オリンピックは、キリスト教を国教とした
ローマ帝国によって封印されたとありましたが
そのキリスト教というのも、古代キリスト教や
オーソドックス(正統)からは、かなり逸脱した
もので、キリスト教を国教に定めたコンスタンティヌス帝
本人が、何のことはない、熱心なミトラ教徒で
このあまりにも都合の悪い真実をごまかすため、
いや、本人が臨終の間際に、ちゃんとカソリックの
洗礼を受けたんですよ、という話になっています。
 
帝国支配強化のためのご都合主義は、人々の自由で
闊達な営みを禁じ、古代オリンピックに限らず
各地で盛り上がっていた、「お祭り」を禁じたり
規制をかけていきます。
特に、お祭りにつきものの、男女の自由な交わりは
「悪いこと」という
イメージを徹底的に植えつけていきます。
 
 
さて、ネット上のニュースに、日本の盆踊りの起源が
紹介されていました。 実は、こちらも、性的に「活発な」
ものだった、としています。
服が乱れるほど激しく踊り、もうこの日ばかりは
誰と何をやってもいい、と。
また、かつての農家には、雑魚寝の風習があり
村々には、必ずと言ってほど、雑魚寝堂があったと
しています。 雑魚寝とは、私が子供のころ、
高度経済成長時代に入りたてのころまで、
貧乏家族の象徴のように言われていましたが、
元々の意味は、男女が一つのお堂に
集まって、一晩中、自由に「楽しんだ」ことをいいます。
 
それが、一変して、性的な自由は忌み嫌われるべき下劣なもの
というレッテルが張られていくのは、明治維新から。
 
あまり具体的には書きませんが、ほんと、それまでの日本は
超なんでもあり! の、自由奔放な民族で、欧州人は、昼間の
公の場であっても、どこであっても、目のやり場に困り続けた、
という記録がいくらでも残っています。
あの古代オリンピックを禁じ、人々の心を縛りあげて
いうなれば、支配しやすい「おとなしい」状態を作り続けた
「帝国」の逆襲が、1000年、2000年の時を超えて、
日本に侵入してきたわけです。
日本人が強かった源となっていた文化、風習は次々に禁じられ
蔑まれ、あるいは破壊されていきます。
 
ネット上のニュースでは、盆踊りは、仏教とともに広まったと
ありますが、もともと、日本に仏教が入っていなかった時代にも
盆踊りの風習は根付いており、そもそも、仏教と盆踊りは
何の関係もありません。 大衆仏教が広まる過程で、盆踊りの
風習を利用していった、というのが妥当な見方でしょう。
 
え? お盆には、あの世から帰ってくるんでは?
という話になったわけですが、それが事実なら、
それは、お坊さんの念仏が奏功せずに、まだ迷っている
わけですから、読教代を返していただかなければなりません。
ちゃんと成仏いただくのが商売なんですから。
 
ともかく、盆踊りと仏教は、途中からくっついたのであって、
本来、何の関係もありません。
 
 
日本では、世界でもまれにみる、性的に自由な文化を謳歌する
時代が、相当の長きにわたって、そしてどうやら、数千年以上の
長きにわたって、続いてきたようですが、盆踊りはそうした
営みの一部だったようです。 稲作は、8月半ばに
ポツンと暇な時期がくる、ということで、ちょうど、その
タイミングで、暑いから、そこらへんで裸で何をしても大丈夫な
わけですし、さまざまな条件が重なって盛大に盆踊りをやった
ようです。 この時ばかりは、庶民も貴族も関係ないので
高貴な姫君も、一般庶民に混じって目当ての男性と交わったという
類の話が伝わっています。 稲作が定着する前の記録となると
ぐっと資料が少なくなってしまいますが(あることはあるのです、
それも、とても教科書には載せられない、かなり生々しいのが
残っているのです)、年頃の男女は、家族と別れて、男同士、
女同士で組をつくって自生し、そして、ことあるごとに
イベントやら、野山での偶然の出会いやら、何かと、作戦をたて
互いに、相手を惹きあったようです。 そんな暇があったのか
というと、異常な寒波や干ばつに見舞われない限り、食べ物は
自由に手に入ったので、生きるために働く必要はほとんど
なかったようです。 戦争もなく、若い男女は、恋に情熱を
注ぎ、技を競ったのです。 ヨーロッパでも、古代は
同様の傾向はあったようですが、「帝国」が君臨し始めて以来
あるいは、そのモデルとなったギリシアが勢力を増した時代
以来、常にシステマティックに戦争を起こし、
若い男は、スポーツ大会よりも、戦場での活躍を求められる
ようになっていきます。 もちろん、ギリシアがまだ
形をなさなかった時代から、戦争はありましたが、
「戦争するときはした」時代から、「平和とは、次の戦争の
準備をする期間をいう」時代へと突入したのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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