藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHPをご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

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2009年01月20日

  

えとせとら

2009.1.19.
 
 
二百三高地
 
一般に言われてきた物語はこういう感じです、、、、
 
乃木将軍率いる第三軍は、
難攻不落の旅順要塞に対し、
正面攻撃を繰り返し、徒に犠牲者の山を築く。
防御陣地から機銃を撃ってくる敵に向かって、
銃剣突撃を繰り返したのでは、やられるのは当たり前。
(銃はあったのですが、弾がなく、銃の先につけた短剣で敵兵を
 刺すのです。 当然、敵は、余裕をもって、機銃を撃ちまくります)
 
そこで参謀本部から児玉源太郎が殴りこみ、
指揮権を実質的に剥奪、二百三高地占領へと
目標を切り替えます。 要塞なんか放っておけばいい、
それよりも港内のロシア太平洋艦隊を叩くのが当座の目標。
防御が一番手薄な二百三高地を占領し、丘の上から港内を
観測、重砲部隊に指示を出して、山越え砲撃で敵艦隊を叩けばいい。
 
この二百三高地も簡単に占領できたわけではないのですが、
ロシア艦隊は、一隻ずつ、重砲によって沈められた、
という話にされました、、、、
 
どうにも、非合理的ですねえ、、、
 
なんで戦車を使わなかったのでしょうねえ?
そんなのなかった? つくればいいじゃないですか。
戦国時代でさえ、ちょっとした戦車があって、
信長軍を苦しめたのです。
ちなみに、教科書には、信長が鉄砲を活用して
天下を取ったようなことが書いてありますが、
信長ほど、敵の鉄砲隊(紀州雑賀一党)に
痛めつけられた武将もいないでしょう。
あまりにも繰り返し、やられたので、雑賀衆の中でも非主流派の
根来(ネゴロ)党を寝返らせ、その精鋭鉄砲隊3000丁で、
長篠の戦にて、武田軍を破ったのです。
あれ、お金で雇った外人部隊だったのです。
雑賀主流派は、もっと大量の鉄砲を持ち、腕前もよく、
30連発銃から、戦車まで、実戦投入したのです。
機動力は大してない代物ですが、どうせ日露戦争当時の
野砲は精度が低いし、機銃弾だけ避ければいいんだし、
動かない要塞を攻めるなら、人力で押しても
使えると思うけど。
 
トンネルを掘った部隊もありました。
見事、敵要塞の真下から突き上げ、
奇襲攻撃により中心部を占領しますが、
その時は、二百三高地が陥落した直後でした。
 
蛾攻めで、強引に要塞を占領した猛者な部隊もいました。
 
なんで、乃木将軍は、要塞攻撃に固執したのか分かりませんが、
目標設定を誤ると無茶苦茶です。 
 
「がん細胞を攻撃する」
 
標準治療の全てを語れば、百科事典でも済まないでしょうが、
標準治療の本質を一言でいえば、こうなります。
がん細胞を攻撃することを目標にしたのが、根本的な間違いです。
 
個々の治療技術や、化学療法剤という薬剤がダメ、というより、
治療設計の基本的な考え方のベースが偏っているのです。 
こうなると、折角の技術も使い方を誤ります。
 
がん細胞を攻撃して、うまく、全滅させればいいですけども。
撃ちもらしがあるから、現に困っている訳ですね。
攻撃をして、がん細胞に打撃を与えたら、廻りの正常細胞が
どうなっていようが知らない、それでも、エビデンス有り、
とされてきたのですから、その後、再発、転移に
無力なのは当然なのです。 残ったがんは増えてきます。
 
「免疫が弱れば、がんの増殖を許す」 
 
この要素を無視しているのです。
 
 
では、「免疫を
強くする」ことを目標にすればいいのでしょうか。
これも偏っています。 強烈に増殖中のがん細胞の勢いは
多少のことでは止まりません。
 
 
治療設計にあたって、
「がんの勢いと免疫による抑止力のバランス」
考慮し、改善させていく道筋を選択すべきです。
 
 
一見、どんなに複雑な話や、膨大な情報量があっても、
まず、哲学=物の考え方 は、シンプルで、美しいものです。
哲学が、明確でないと、どんどんズレが
大きくなっていきます。
 
 
さて、100年経って、記録が公開された日露戦争。
二百三高地は、どう記録されていたのでしょうか。
 
無謀な攻撃を繰り返し、仲間が次々、倒れていく上、
このままでは、太平洋艦隊とバルティック艦隊が合流し、
日本は、滅ぼされるのかもしれない、、、、
焦燥と苦悩の中、更なる犠牲を払って、
二百三高地を占領。
 
ここまでは、通説通りです。
 
ところが。
必死に占領した二百三高地の頂に登り、
歓喜に満ちた兵士が、見た物は。
 
空っぽの旅順港でした。
 
ロシア太平洋艦隊はいない、、、、
ところどころに、ひっくり返ってる丸こい船底、
あれが、敵艦隊の成れの果て、、、、
 
ロシア太平洋艦隊は勝手に全滅していたのです。
 
即座に、緘口令が敷かれます。
外国観戦武官も従軍記者も当然シャットアウト。
今、見たものは忘れろ!
敵艦隊の動静は最高機密である、よって、
二百三高地の頂に、一般兵が登ることは厳禁である!
着弾観測兵のみ、登頂を許す、直ちに、重砲隊の
砲撃を開始せよ(なんにもいない港に撃つんです、
弾代、もったいないけど、、、)
そして、戦艦〇〇撃沈! 装甲巡洋艦XXX転覆!
と、派手な戦果報告をします。
 
あれだけ犠牲を払って、世界中が注目するなか、
猛攻を続けたのです。 それが、蓋をあけたら、
目標は勝手にコケテタ、何のための犠牲だったんだ、
これでは、士気崩壊です。
 
事実は、やはり、100年、伏せられます。
 
 
どうもこういうことのようなのです。
 
時折、山越えに旅順の町を砲撃していたのです。
古い戦艦や砲艦が積んでいた主砲を陸揚げしたので、
陸戦兵器としては、尋常でなく巨大な重砲でした。
敵の反撃に負けそうになると、この重砲の火力が戦線を支えます。
一方的に物量で押されている中、この重砲を撃ってる時だけは、
日本の方がリッチに見えました。 士気を盛り上げるために、
用がなくても、たまに撃っていたのです。
 
町を狙うんだから、山越えの看做し照準でも何とかなるだろう、
と、適当に撃ってたのですが、これがとんでもなく、いい加減な照準で、
殆どが、港に着弾し、何故か、次々と敵艦に命中していったのだそうです。
かくして、散々、てこずらせたロシア太平洋艦隊は、またしても神業によって
全滅させられました。  
 
敵の側から見れば、とことんついてないですね、この艦隊。
 
今日は、全く、非合理的な話でした。

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