藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHP(リンクをお願いします)をご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

TOP > 北朝鮮(2)

2011年12月26日

  

えとせとら

2011.12.26.
 
 
(前回からの続きです)
 
 
北京から平壌への高麗航空(コウリョエアー、こうらいこうくう)の
フライトは、快適そのものでした。 機材が旧ソ連のイリューシンだったので
西側の飛行機より遥かに乗り心地がいいのです。
欧米の旅客機や、軍用機は量産した時、利益が増えるように
設計しますが、旧ソ連の飛行機は、性能がよくなるように
設計しますので、非常に量産性が低い複雑な形状をしていますが、
とにかく、揺れないのです。今回、詳細はパスしますが、空力的には
ジャンボジェットなんかより遥かに理に適った設計になっています。
 
機内サービスは最初から全く期待していなかったので
あまり印象にはないですが、古代高句麗の伝統にちなんで
まず最初にデザート、高句麗の代表的なお菓子である
大福もちから食事が始まります。
 
意外に、どこへ行くのも自由で、撮影も原則フリーでした。
好き放題やらせておいて、結局、拉致するのか?
と、一瞬かすめるのですが、さすがに丸の内某総合商社の社員を
拉致はせんだろう、と。 なぜなのか理由はかけませんが、
三井物産の若王子さんとか、他の商社やメーカーは
海外で、様々な被害に遭うのに、スリーダイヤは不慮の事故を
除けば、被害に遭うことはまずありません。
特に、北朝鮮は、金丸さんが亡くなられてから、
強い対日ルートがない、ということで、民間ルートの
開拓や強化には躍起だったようです。
日本では品薄の建設用の川砂だとか、こんな商品を輸出できるんだけど、
などなど、アプローチはあるわけです。
カエルやら、マツタケやら、かつてはその手のものも
外貨稼ぎに貢献していたのです。
もう、さっぱりとれなくなったようですが、
現地にいってみて、あの荒廃した国土では、
採れる気配もなかったですね。
 
国境の白頭山を含め、方々、移動するうち、
どうやら、大きく分けて、4種類の階層があり
その落差は埋めがたいものがあると感じました。
 
まず、党員や軍部など、いい服を着ている人たち。
 
平壌の高級レストランは宮殿作りでした。
そこでは、各国VIPの歴訪を記す写真が飾ってあり
大理石の分厚いテーブルの上に、何と銀盤が載っています。
そこへ、まず、とても上品な薄味で美味なビーフ系スープを
これまた巨大な銀のスプーンで、お客一人に給仕一人が
つき、注いでくれます。 それから、一品ずつ、麺を
入れ、具を入れ、、、要するに、冷麺をいただくのです。
 
冷麺レストランは平壌に200ある、と言ってました。
駐車場には、大型のベンツが並んでいます。
 
国家の上層部と呼ばれる人々については、レストランで
すれ違っただけで、話をする機会はなかったですが、
身につけているものも、とにかくリッチです。
こういう人たちは、日本のCDやビデオなども
自由に買えるようで、VIP専用売店には、
日本で売っているものは一通り売っていました。
北朝鮮に対する批判的な書籍も含め、
特に情報統制はしていないようです。
 
もちろん一般市民は、そんな贅沢はできませんが、
日米欧のTV番組や新聞報道のことはある程度、知っていました。
実際、自分たちが相当、酷い国と報道されていることは
よく知っているようで、ガイドからも、メディア関係者だと
思われると石が飛んでくるかもしれないので、モータードライブを
使うとか、バシャバシャ写真を撮るということはやらないでくれ、
それ以外なら、何を撮ってもいい、ということでした。
 
さて、平壌市民は、それなりの身なりで、食べるに困っている様子は
ありません。ブタブタもしていませんが。 一方、地方へいくと
途端に質素になります。 この落差は相当のものです。
質素といっても、映像でみた戦後の日本、というレベルに近いものがあります。
 
それより何より、しばらく言葉もでなかったのが、政治犯とよばれる人々の
居住地です。 政治犯といっても、何人かが牢獄につながれているのではなく、
150万人はいる、とガイドは言ってましたが、劣悪な環境の村に封じられている
人が150万人であって、牢獄に入っている人は、もっと過酷な状況という
ことです。
 
鬱蒼と暗い、陽の当たらない谷筋の湿地帯に、泥が淀んでいます。
ところどころ、泥が盛り上がっているのですが、どうやら、それは
家屋なのだ、ということに気づきました。泥まみれで、なかなか家だと
分からなかったのです。しばらくして目が慣れてくると、たまに、
細い泥の棒が立っています。ところが、何やら白い丸いものがついていて
よく見ると、この世のものとは思えない怖ろしい念を込めて、
こっちを睨んでいるのです。人の白目だけが白く見えたのです。
水がはけていかないので、あらゆる物が乾かず、渾然一体となって
全てが泥まみれで、服を着ているのかどうかもすぐには分からなかったのですが
泥まみれの布きれをまとっているようです。
それにしても、案山子かと思うほど、ガリ痩せで、
あの恐ろしい眼差しをみなければ、人間だとわからなかったでしょう。
 
飛行機から見ても、似たような地域がよく見えましたが、
車で移動して、間近に迫り、歩いて近づいても、ガイドは特に制止しません。
ありのままを見てください、これが私たちの国です、というのです???
 
あの不思議な国が、どうにか、体制を維持してきたのも
おそらく、この極端な階級の差が、階級ごとの対立を生み
上位の階級集団が、下位の階級集団に対する支配、管理、監視、
厳罰、搾取を徹底し、仕組みからはずれれば、よくて政治犯の泥村、
動こうにも動けない相互監視システムが働いてきたのでしょう。
 
(続く)
 
 
 
 

>>全投稿記事一覧を見る