藤井真則のブログ

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2012年03月10日

  

えとせとら

2012.3.10.
 
 
100万年続いた氷河期の間、
現代人を遥かに上回る圧倒的な身体能力を
身につけた原人は、世界に雄飛し、人類の生存圏を
一気に全地球レベルに拡大しましたが、
やがて、姿を消してしまいます。
なぜ消えたのかは、よくわかりません。
 
化石としては16万年、遺伝子変異の速度から推測した
計算上の推定としては、およそ15~20万年前の間のどこかで
今日の私たちに直結する人類が登場した、ということになっています。
 
なぜか、発祥の地は、またもやエチオピア。
猿人、原人に続き、現生人類もまた、エチオピアで発祥し、
そして、原人以降は、世界へと散っていった、ということになります。
 
丁度、アワッシュ川に沿って、現地を撮影する一行の
一種の鞄持ちのような立場で何日も行動したことがありましたが
その旅の最中に、訪問地付近で
最古の現生人類の化石が
みつかったようです。
 
さて、ダーウィンの進化論では、自然淘汰を受けて、
優位な種が、劣位な種を駆逐し、繁栄するとし、
いわゆる「自然淘汰」によって進化が進んだ、としました。
当然、淘汰される前に、多様なバリエーションが生じないと
単なる淘汰だけでは、種の数は減る一方です。
この多様なバリエーションの発生を、突然変異だけで説明するのは
無理があります。    
 
よく引き合いに出される話として、
鳥が空を飛ぶためには、いくつもの特徴を同時に持つ必要があり
それらは個々にみれば、生存上、不利なものである。
足が太くて丈夫でないと、地上を早く走るのは無理、
一方、足が軽く、細くできていないと、空は飛べない、、、
中間的な足は、全く中途半端で、何をやるにも不利。
ぶっとい足が、いきなり華奢で軽量な足に化けないと、地を這う状態から、
空を飛ぶ生き物にはなれない、、、、 という類の話がいくつもあり、
それらが、同時に成立しないと鳥にならない、つまり、鳥は
全く違った動物が、いきなり、完全な鳥になるほかない、、、、
従って、古典的な進化論が正しければ、鳥は空を飛ぶまでに
中間型の段階で淘汰され、鳥にはなれなかったはずである、
というものです。
 
今日では、自然淘汰というのは、一見、働いているようにみえても
詳細を検証すると、実際には、自然淘汰は働いてはいない、
結局のところ、自然淘汰を実証するような
根拠は何一つない、とされています。  
この辺の話は、改めての機会に回します。
 
どう考えても、原人の方がパワフルなようですし、
一時、ブームになったネアンデルタール人も、体格は私たちより
遥かに、がっちりして、腕力では、あちらの方が強かったようですし
脳のサイズも、ネアンデルタール人の方が大きかったようです。
こうした単純なことだけ比較してもしょうがないのですが、
今日、現生人類が、世界の各地に住み、数十億人もの人口を抱えるほど
「繁栄?」した理由は、今一つ、はっきりしていません。
 
かなり、いろんな「人たち」がいたようです。
その中で、なるほど、わたしたちの先祖は優秀だったんだ!
という根拠は見えないのです。 そもそも、優秀なのが勝ち、
そうでないのが絶滅する、という物の見方は妥当ではないでしょう。
 
自然界には、常に、「色んな」のがいるのです。
学生時代に、各大学の臨海研究所をまわり、実際に海にすむ
生き物を数々、見るうち、古典的進化論はまちがいであることには
すぐに気がつきました。  どう考えても、一発で食われてしまいそうな
生存競争上は、不利なのが、いくらでも平気で生きています。
 
細菌や、原生動物、無脊椎動物の殆どは、数億年、あるいは
単細胞生物であれば、数十億年、ほとんど変わらずに、ずっと生き続けています。
優位も不利もなく、常に存在し、自らが適した環境に住み、環境によっては
大量増殖して、人間の目でみれば「繁栄」しているように見え、
そしてまた環境が変われば、人間には見えにくい場に、暮らし続けている
細胞の総数で考えれば、この地球に存在する生物の圧倒的大多数は、実は、進化はしていないのです。
単細胞生物や、無脊椎動物だけではありません。
ワニは恐竜が誕生する前から、ワニであり、昔はもっと巨大で強かったのです。
サメも恐竜時代より前から、存在し、やはり、昔は、もっと大きく、強かったのです。
ずっと、太古から変わらずに生きている、むしろ、昔の方がもっと強かった、
そして、ごく一部は、姿、形を大きく変えているのですが、人間には、
大きな姿、形をした生き物だけが目につき、
どんどん進化してきた、そう見えるわけです。
しかも、観る目に偏りがありますから、
恐竜時代は恐竜が主役だと思ってしまうわけです。
実際には、ワニも相当、強力で、数も多く、
少なくとも、水が豊富なところでは、ワニの方が優勢であったとする
見方もあります。
 
さて、話をヒトに戻すと、様々な種がいたにもかからず、今日、地球上の存在する人類は、
ホモサピエンス、ただ一種のみです。 人種という言葉はありますが、
生物学上の種としては、みんな同じ種です。
 
日本の女性の生物学者が唱えた現生人類生き残り戦略として、
「御婆ちゃん仮説」というものがあります。
 
霊長類の雌は、閉経期を迎えると、それがすなわち寿命の尽きる時となるのに
人類だけが、子供を産めなくなっても、それまでの生涯と同じ位、場合によっては
それ以上、長生きできる、これは、たぶん、今日まで生き延びた私たちだけの
特徴ではないのか、というわけです。昔は平均寿命が短かったといっても、
乳幼児の死亡率が高かったためで、ある程度の年齢に達した後であれば、
結構、永く生きる人もいたようです。 
 
ちなみに、平均寿命という云い方は間違っています。
寿命は、おそらく15万年前も今日も変わっていないはずです。
平均死亡年齢が変わったのです。
 
チンパンジーの場合、若い雌はもてません。
御婆ちゃんになってくると、もう引く手数多で、
群れのリーダーの雄は当然、それ以外の順位の高い雄と
次々と交尾をします。 若い雌は、子育てが下手で、
よく赤ちゃんを死なせてしまうけど、御婆ちゃんはそんな
ことはまずない、だから、ベテランの雌ほどもてるんだ、と
解釈されています。  
 
現生人類の場合、氷河期と間氷期の両方を生き抜いてきたわけですが
自分は子供を産まなくなった御婆ちゃんが、若い母を助けて、
赤ちゃんの生存率が高かったのではないか、というのが
御婆ちゃん仮説です。
 
 
ともかく、何か特別に優れた能力をもち、他を圧倒して優位にたった、
という証拠は、今のところ、見つかっていないのです。

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