藤井真則のブログ

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2013年12月30日

  

えとせとら

2013.12.30.

新年には、書きたくないテーマを
年末の内に書き込んでおきます。

人類史というシリーズものが、
途中でとまったままになっています。

考古学者や歴史学者が、人類史をテーマに
すると、どうしても避けられないものの、
どうしても避けたくなる難題にぶつかります。

一つは、人類はどう誕生したのか、ですが
SF映画に登場する話にいってしまうのです。
まさか、こんなことを真顔で言ったら変人扱いされる、、、
でも、人類というのは、突然変異では説明のできない
異常に異質な存在であり、精神や意識の発生も
進化論では全く説明できません。
人類史シリーズの冒頭では、進化論を考え出した
ウォーレスを紹介しました。
彼は、自分で考え出した進化論が、間違っている、
精神の発生を全く説明できない、と気付き、
論文「種の起源」の発表を中止することにしました。
彼は、平民だったので、単独で学会に論文投稿する資格がなく
貴族であったチャールズダーウィン卿に連名での論文投稿を
依頼していた経緯がありましたが、ダーウィンは、ウォーレスの
名前を消して、自分の成果として種の起源を発表してしまいます。

結局、専門家は、まともに人類の起源に関する研究は公表せず
SF映画などで、一般に知らせているのですが、あまりに
荒唐無稽に見えてしまう話ですので、まさか学問的な裏付けに基いて、
トンデモSF映画がつくられている、とは思われないのでしょう。

さて、「説明できない」難題とは逆に、認めなたくないけど
認めざるを得ない事実として、カニバリズムがあります。
つまり、人のお肉を食べる、ということです。
これ、そういうこともあったらしい、という程度の話ではなく、
基本的に、人は、人を食糧にしてきた、、、、 ということのようです。
それも、氷河期に、どうしても食糧がなく、という状況だけではなく、
かなり、楽勝で食糧が手に入った環境でも、やっぱり、発掘される人骨には
調理された跡がみつかるのです。 最近でこそ、まあ、そういうことなんだから、と
ごく普通に発表する研究者が増えてきましたが、かつては、これはまずい、
こんなこと発表したら、「袋にされる」と、公の場で語ることは
疎んじられてきたのでした。

ただし、これはまだ「説明」はつくのです。
ネズミだって、沢山、飼って、エサをやらないと
最後の一匹になるまで、仲間を食べて生き延びようとします。
実験環境と野生は違いますが、共食いをする生物はいくらでもいます。
それにしても、人間ほど、よく仲間?(敵?)を食べる哺乳類は
珍しいので、やはり、何か、人類特有の特殊性は漂っています。

そして、説明もできなければ、認めたくもない、どうしようもなく
動かしがたい事実、研究者が避けたいのに、避けれないけど、やっぱり
極力、話題にはしないもの。 それは生贄です。
これは、生物学では、どう逆立ちしても説明はつきません。
科学の領域外です。

大阪風に言うと、なんの得があんの? ということです。

これもまた、そういうこともあったらしい、という程度の話ではありません。

特に、5000~5500年前を境に、人類史の様相がひっくり返るほど
変化しますが、この境界前の時代、人々は、仲間の中から、最高の存在とされる者を
生贄に捧げたのです。 境界後の世界でも、同じことが続いて行われた文明もあれば、
羊などの動物で代用するようになった文明もあります。 それにしても、なんで羊を
殺して、その肉を焼くのか、これ変ですよね。 焼き肉にするならわかるけど。
ただ燃やすこともあるのですよ。
何のためにそんなことするわけ?
現代風に考えれば、昔の人は訳のわからんことをやっていた、となります。

世界各地の聖地を訪れると、もう、必ずあるのが、これをやるための「台」です。
大体、行けばもう、どこにあるのか見当はつきますが、たまにみかけるのではなく、
必ず、といっていいほど、あります。
それも、如何にも聖なる空間、身も心も清められるような
清々しい空間であればあるほど、そこは、数千年以上前から、
崇高な場として崇められ、
そして、生身の人が、生贄として捧げられていたのです。

これは何も、中東だけの特徴ではなく、中南米でもアフリカでもそうです。
北京の場合は、市民に中心地と聞くと、天安門や紫禁城ではなく
天壇と答える人が多いですが、天壇は、数千年前から、ひたすら大量の
生贄をささげてきた「聖地」の跡です。
明代に、神殿のようなものを建ててしまったので、
古の風景は失われましたが。

この問題は、普通に考えたのでは説明がつかないのです。

単なる迷信でしょう、と一笑に附す人もいるのでしょうが、
古代人は、非常に現実的です。
また、現代人には及びもつかない能力を発揮してきました。
栽培植物の歴史ひとつとっても、現代の技術と基本的には同じ手法で
自分が生きている間には成果をみることもない作業を延々、繰り返し
今日、私たちが口にすることができる植物のほとんどを作り出してきたのです。
なんで、そんなことができたのか。 正に、神業というものです。
どんな分野でも、研究すればするほど、古代人の能力の高さには脱帽です。
そんな人たちが、単なる迷信に惑わされ、何の意味もなく、生贄など
捧げるのでしょうか。
大体、自分が次の番かもしれないのに、そんなアホな
風習を守ったり、世界に広げたりするでしょうか。
実際、羊などで代用したり、人に一番、味が近いから、ということで
牛を生贄の儀式で殺して、その後、みんなで食べるようになったのですが、
人類特有の仲間をよく食べる、という風習と
生贄の儀式とは、通じるものがあります。

人類史に向かい合う人にとって、
この生贄の問題は、非常に重要かつ、
定法では説明困難な超難題です。

やはり、何かが「存在」した。

その何かに、生贄を捧げた。

宗教家は、いや、それはだから、「神」なのですよ、
と、言ってのけるのでしょうが。

聖書であれ、それも旧約や、外典、そういうのは一通りは読みました。
外典にも入らないものに、クムラン洞窟で発見された死海文書によって、
存在が明らかになったエノク書。
残念ながら、死海文書には、エノク書本文はなかったのですが、
実は、うち、もってるんです、と、エチオピア正教が、エノク書の写本を
ここぞというタイミングで提供し、大騒ぎになりました。
ヨーロッパでは、ほんとうのことを書いてあるエノク書は、
みつけ次第、燃やしてきたのです。
日本語しか読めませんが、まあ、とんでもない内容です。
こんなの書くかしら、、、 偽の書物だというなら、なんでこんな
とんでもない内容を考え付くのか。
ギルガメッシュ叙事詩、シュメール神話、北欧や北方アジアの50以上の
民族の創世神話も読みました。
一貫して、共通のものがあります。

やはり、何かが存在し、人間に働きかけ、人間の意識が芽生えたり、
普通には説明不能なことをやってきたりした、ということなのですが、
宗教家が言う「神」とは、随分イメージが違う、、、、
かなりの「ワル」なのです。
大体、全知全能なら、なんで、お前の子供を生贄に捧げろ、
などと言うのでしょうか。 実際に、わが子を殺そうとすると
お前の信仰は証明された、そこに羊がいる、あれを代わりに
生贄に捧げればよい。
これ変ですよね。
人間のことを、家畜だと思ってるんですね。
多くの創世神話が、人間をなんのためにつくったのか
説明しています。
金属採掘という重労働を自分たちでやるのは
しんどいので、人間を作り出し、こき使って働かせたのです。
実際、人間は、羊で代用できるのです、食べるだけなら。
だったら、なるほど、私たちが牛や豚を食べるように
人間様を食糧とみるのも「連中」にしてみれば
当たり前やんけ、となるのでしょう。
そして、「連中」と同化していく「羊飼い」と呼ばれる人々が
権力を握り、今度は、普通の人々を家畜にして、こき使い、
平気で殺し、搾取し、そして、やっぱり、食べてしまう、、、
人類史をみていると、直視するのが嫌なほど
えげつないストーリーのオンパレードです。
SF映画にでてくる化け物は、映画制作人が創造した
のではありません。あんなものは、中東などの洞窟や
鍾乳洞に入れば、いくらでも描いてあるのです。
これでもか、と世界各地に、あの手の化け物の絵が
描き続けられたのです。 これを空想で片づけるなら
なぜ、世界各地で、人々が同じ空想を抱き、
それをわざわざ、描き残したのでしょうか。
また、紀元前後から、紀元前500年ころの歴史は
とんでもなく、えげつないものです。
世界中が、寒冷化の影響で食糧難に陥り、
強盗やら、民族大移動などが横行したという背景も
あるようですが、たとえば、秦の始皇帝の軍団が
15年間暴れ廻り、人口が一桁減ってしまった、
それは、彼らの好物である骨粉入り肉団子に
されたからですが、この手の惨事が
世界中で横行し、わが日本でも、珍しく、この時期、
発掘される人骨には自然死ではない原因で絶命し
そして調理された跡がみつかります。
やっぱり後世の創作による聖書に登場する神様よりも、
SF映画の主役の方が、よっぽどリアルに思える、、、、

うちも、科学的根拠に基く、免疫細胞療法を事業化しているので、
科学的に説明できない話は、あんまり踏込たくないのですが、
でも、研究者が、え!? まさか、そんな、、、 と思いながら、
こんな話、一般の人に言えないし、、、 どうしよう、、、と
悩んできた人類史の謎。 そこには、どうしても人類以外の存在を
想定しないことには、どうにも説明不能な現実があるのです。

宗教戦争、魔女狩り、奴隷貿易、戦争、民族浄化、植民地、環境破壊
なぜ、こんな非生命的なことが繰り返されてきたのか。
常に大量の犠牲者を排出し続けてきた人類史。
これは進化論的には説明不能なのです。

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