藤井真則のブログ

このブログはリンパ球バンク株式会社の社長時代に、会社社長ブログとして会社HP上に掲載されていたものです。ちょうど還暦を迎えるタイミングで社長の責を後任に譲り一時は閉鎖しておりましたが、再開を望まれる方もいらっしゃるため、別途個人ブログとして再掲載するものです。ANK療法という特定のがん治療に関しては、同法の普及のために設立されたリンパ球バンク株式会社のHPをご覧ください。
本ブログは、あまり標準的ではない特殊な治療の普及にあたり、「常識の壁」を破るために、特に分野は特定せずに書かれたものです。「常識とは、ある特定の組織・勢力の都合により強力に流布されて定着したからこそ、常識化した不真実であることが多い」という前提で書かれています。

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2015年08月09日

  

えとせとら

2015.8.9.
 
 
8月6日広島に続き
今日8月9日は、
言うまでもなく長崎の
原爆投下の日です。
 
謹んで黙とうをささげます。
 
 
母が被爆し、自分も白血病になり
広島二世の仲がよかった従兄弟を
白血病で失い、広島は遠い過去ではなく
今の自分にとっても現実です。
 
 
原爆投下が残虐行為であることに何の
疑問もありませんが、残虐行為というだけなら
よく言われる焼夷弾による大空襲もそうではないか
あるいは、沖縄の地上戦の悲惨さは、ある意味で
それ以上、という言い方もあります。
 
ただ、原爆の恐怖というのは、人類が自ら
一瞬にして絶滅する引き金をもつに至った
という点で、他の如何なる残虐行為と次元が
違います。 
 
 
さて、毎年この時期になると、先の大戦の話題や
映画、特集番組などが数多く取り上げられますが
今年は、随分と傾向がかわってきたようです。
 
 
Nスぺでも、米軍が如何に日本人が異常であり
殺して構わない存在で、一般人を殺戮することは
正義なのである、という米国民に対する洗脳工作を
徹底し、現場報道を都合よく捻じ曲げていった
プロセスを特集していました。
 
何といっても、一般市民をもっとも大量に虐殺したのは
何かと議論のあるドイツを除けば、米軍とロシア軍です。
 
 
 
日米双方において、原爆投下の妥当性について
昔からある様々な議論が、割と当たり前に表に
でてきているようです。
 
 
先の大戦といえば
 
 日本が騙し討ちで戦争を始めた
 日本がアジアへ侵略した
 日本が性的暴力をふるった
 原爆によって、早く戦争がおわった
 
こういう類のプロパガンダが繰り返されてきました。
 
 
戦争は、騙し討ちで始めるものですが
日本の占領政策をかためてから対日強硬策をとって
戦争に至る状況をつくった米国と、対応を強いられた日本の
状況を考えれば、ハワイ空襲を米軍が知っていようがいまいが
大勢に影響はなく、あくまで太平洋戦争は米国が仕掛けたもの、です。
 
日本側は、せいぜい、半年程度は暴れてみせ、
それ以上は国力が続かなくなるので
米国と講和の道を探る、という曖昧な状況で
戦端を開いています。
闘い続ければ有利になる方が
講和に応じるはずはありません。
明確なEXITプランをもって
戦争に臨んだ米国と
しょうがなしに暴挙に出たものの
次の策が最初からない日本
どちらが仕掛けたのかは、
明確です。
 
一応、石原莞爾将軍のように
戦略を示した人物はいたのですが
国家の方針として、戦争を終わらせるプラン
なきまま、戦争を始めてしまったという
暴挙にでたのは、それだけ追い詰められていた
ということです。
ちなみに、石原莞爾将軍は、
米国に勝つなど、考えようもないが
敗けないようにするくらいならできる
小笠原群島とマリアナ諸島を占領されると
本土に匕首を突きつけられたようなものなので
マリアナ群島を先端に、戦線を最小にするよう
囲んだ絶対防衛圏に全ての資源を投入し
米国に対しては専守防衛、アジアに対しては
五族協和による東アジア統一による強力な
国家形成、というものです。
この人物、俺が満州事変を起こしたのだから
第一級の戦犯容疑者として極東軍事法廷に呼べと
主張を続けますが、連合軍側は、判事に選任された
将軍が、個人的に表敬訪問するだけで
最後まで、石原莞爾将軍を法廷に立たせることは
ありませんでした。
こんな人物と法廷で議論したら、
連合軍側の作り話が尽く論破され
日本を悪者にする筋書が崩れるからです。
大人しく裁かれる人物だけを呼び
戦犯の汚名を着せる作戦でした。
もちろん、生物兵器研究の実行部隊の指揮官は
戦犯として裁かれるどころか、
米国のエリートとして同様の研究を任され
朝鮮戦争では、前線での特殊作戦の
指揮を委ねられています。
 
 
 
広島と長崎、なぜ二発も原爆を落としたのか、という議論も
昔からありますし、私自身、そう言ってきたのですが、
一発落とすことを肯定するのではないが、原爆投下を
肯定する如何なる議論も、では、なぜ、一発でやめなかったのか
という論点をクリアすることはできない、こう言ってきたのですが
この問題は、根深いものがあり、
 
 最初から、広島と長崎に原爆を投下する という結論があって 
 第二次世界大戦を始めた  のです。
 
今は、ふううん、ぐらいに聞いておいてください。
 
これは予言的に言っておきます。
将来、証明されるでしょう、と。
 
 
日本は、ポツダム宣言受諾の用意あり、と連合軍側へ
伝えますが、国体護持については、「質問」はしています。
ただ、基本的に、受諾の用意あり、というのは
全面無条件降伏を受け容れる、ということです。
このままでは、戦争が終わってしまいますので
慌てて、まだ、一度も実験をしていないウラン型の原爆と
将来、量産使用する予定のプルトニウム型原爆を
投下します。 
 
これは、米国にとってもそれなりのリスクなのです。
 
B29で原爆を運ぶのですが、意外と多数が撃墜もしくは
故障で墜落しています。日本軍が把握していたより
米軍の記録の方が、はるかに多数の被害がでています。
太平洋で墜落したり、硫黄島へ不時着するのが多かったため
日本側は、墜落に気づかないことが多かったのです。
 
日本の空は、B29にとって、決して、「確実に安全な空」
ではなかったのですが、とにかく、突っ込ませたのです。
 
一応、二発投下した理由として、ウラン型とプルトニウム型
両方を落としたかった、と説明されています。
 
ウラン型は、量産に向かないものの、爆発させるのは容易で
確実に、一発、ピカドンといかせるには、ウラン型が断然
すぐれており、爆発実験もやらずに、いきなり本番です。
もっとも、実験をするだけ、高濃縮ウランの量に余裕が
なかったのですが。
 
プルトニウム型は、量産向きで、実際、何発もつくられ
3発目は、小倉向け、4発目は、どうやら、運搬中に
日本の潜水艦によって沈められたようですが、続々と
次の弾が用意されていました。 こちらは、はたして
爆縮装置という起爆装置がうまく作動するのか技術的な
難易度が高く、実験もやっています。
一応、世界で最初の被爆国は、米国であり
原爆の爆風を塹壕で凌いで、キノコ雲を眺めながら
強い放射能の中を歩かされた歩兵部隊がいました。
 
 
 
今年、目につく意見は、原爆投下よりも
ソ連の参戦の方が日本にダメージを与え
これと戦う戦力は残っていなかった、
というものです。
 
この説が正しかろうが、間違っていようが
日本が戦争を仕掛けた悪い国で、早くこの
国をやっつけて戦争を終わらせなければいけない
という前提の上で、原発が「貢献」したのか
ソ連がインパクトを与えたのか、という同じ次元の
上での議論に過ぎません。
 
 
実際には、ソ連の侵攻に対して、満州は
持ちこたえられず、千島では、一応
8月16日から18日まで続いた
北千島沖海戦において、日本はソ連軍を
撃退し、19日には、休戦協定が締結されています。
日本が全力で迎撃すれば、海軍力に劣り、
海上航空戦力を欠くソ連が、日本本土に侵攻するのは
容易ではなかったでしょう。
その後、ソ連は、再び侵攻を再開、北海道の目前まで
迫ったところで、9月2日の敗戦を迎え、
(日本の敗戦日は、9月2日、これが世界の常識です)
今度は、日本から国家主権を奪い取った米国が
ソ連に対し、うちの領土に何をするんや、と
脅したところ、ピタリとソ連の侵攻は止まります。
 
 
 
さて、戦争を仕掛けられながら、
戦争を仕掛けた悪い国として
いつまでも謝らなければいけないと
言われつづけていますが
戦後賠償制度によって
日本は、被害にもあっていますが
多大な被害を東南アジア諸国にもたらします。
戦争について謝るより、戦後、日本が
行ったことの方が、無茶苦茶です。
 
何をやったのか、全てを詳細に書くことは
できませんが、まず、最初にやってしまったのは
東南アジアに人口爆発を起こさせたことです。
そんなことができるのか、というと、
簡単にできますし、実際に、やってしまいました。
 
人口爆発によって結果的に巨大市場を
形成するのですが、その中間に、製造拠点化が
行われます。
人口爆発のやり方は、農地の生産効率の
一時的に劇的な向上、これをグリーンレボルーションと
呼びますが、その結果、中長期的には、農地は疲弊します。
やがて長い目でみれば、農村地帯は衰退するのですが
自由貿易による安価な穀類の集中豪雨的
輸出により、一気に、地元農業が壊滅します。
これでは、「市場」になるどころか、逆なのですが
農村地帯にあふれる貧困層を吸収する
工場地帯の造成が進み、日本国内で製造されていた
製品の製造シフトが徹底されます。
国によって、量産させる品目に違いがあります。
これ、製造させるだけで、地元メーカーブランドが
表にでてくることは稀です。
また、森林や農耕地がもともと、豊かな地域では
工芸作物や加工用食糧、高級水産物の養殖などにより
徹底した森林破壊が進められます。
 
東南アジアの巨大な工業地帯や
工業製品の市場は、たまたま、自然に形成された
ものではありません。
 
 
これらは、賠償金を払う、国連や世銀の援助や
ファイナンスという日本が元手を出している
国際機関からの資金などを使って、実際には
日本の事業体が各地で、行ったことです。
 
 
戦争については、日本は
むしろ仕掛けられた側であり
結果的に東南アジア諸国の独立に
つながりますが、そこを謝ることばかり
話題にされています。
 
 
本当に謝るべきは、戦後に行われた行為です。
 
 
とりあえず、これくらい、ということで。
 
 
 
 
 
 

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