藤井真則のブログ

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2020年09月03日

  

免疫

新型コロナウイルス感染による「第ニ波」の死亡率は下がっている傾向が見られると発表されています。そもそも、ほんとうに第二波なのか、とか、いろいろ議論はありますが、「第ニ波がくるんだ!」「第ニ波は第一波よりも被害が大きくなるんだ!!」と大騒ぎしていた声は少し静かになってきました。

 

 

第ニ波の方が被害が大きくなる、という根拠としてスペイン風邪における1918年の第一波と1919年の第ニ波を比べると、第ニ波の方が被害が大きかった、という事例がよく引き合いに出されてきました。第一次世界大戦の真っ最中ですから異常な状況だったわけで、この事例を引っ張り出すのは無理がありますが、何せ、推定死亡者数5000万人という人類史上最大規模(これより大きな推定死亡者数という過去の疫病も存在しますが、もちろん、正確な人数を知ることはできません)の災禍であったため、何かと引き合いに出されます。1918年が最激戦、1919年には戦闘は下火だった、それはそうなのですが、第一次世界大戦終戦は1919年6月28日です。この間、戦争状態にはあるものの、ドイツは最高責任者の皇帝が廃位に追い込まれる内乱とか、ドイツ革命が進行しており、何とも不安定な状況にありました。どちらが人々の状況が「感染症免疫の低下」を招くものかは議論しても結論が出るものではありません。それよりも、まず、終戦後、このパンデミックの引き金になったウイルスであるインフルエンザH1N1型亜型は人間界では見かけなくなりました。流行を続ける間にウイルスが変異して毒性を増した、という説が根強く語り続けられ、その証明を試みる研究が数多、展開されてきましたが、結局、ウイルス変異から毒性増強を説明するクリアな根拠はでてきませんでした。それどころか、このウイルス、つまりH1N1型亜型は、2009年、メキシコシティー発の新型インフルエンザパンデミックとして、人間界にカムバックを果たします。そして、第ニ波はもっと悪性度を増すと大騒ぎされたものの、実際にはその年の内にほぼ大流行は収束し、翌年には従来の亜型に混じって、ややマイナーな存在として流行を続けています。5000万人が犠牲になったというスペイン風邪のウイルスも、メキシコシティー発パンデミック2009のウイルスも、特に毒性の違いを説明できるような差異はなく、そして今も、ごく普通のインフルエンザウイルス亜型として流行しているのです。ウイルスとしては「同じ物」なのです。違うのはウイルスではなく、人間側の社会の状況です。

 

また、5000万人死亡といっても、死亡原因の大半はインフルエンザウイルス以外の疾病であることが後日判明しましたので、一時、スペインインフルと言われていた呼称が、スペイン風邪に戻されました。(インフルエンザウイルスを特定した時点で、スペイン風邪からスペインインフルと呼称が変わり、その後、真の元凶はインフルエンザ以上に感染症対策による二次被害であることが判明しました。)

 

病原体は感染を継続していると毒性を強めるという傾向は確かにあります。ですが、それは、短期間の間に次々に人から人へ、それも尽く重症化する激甚な症状を招き続けた場合の話です。新型コロナウイルスに関しては、重症者から感染した人が重症化し、次々に重症化感染を繰り返すという状況にはありませんので、悪性度を増していく傾向はあまり見られない、それが妥当な見方と考えます。

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